第14話 城内散歩。
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スフィーダは女王陛下という立場上、原則、公務以外では外に出られない。
行動範囲は限られていて、だから城内の散歩は数少ない楽しみの一つなのである。
ヨシュアを引き連れ、歩くのだ。
そのせいで、労働に勤しんでいるニンゲンを立ち止まらせ、脇に退かせ、さらには彼らに礼まで強いてしまうことになるのだが、そこはフレンドリーな笑顔を振り撒くことで見逃してもらうのだ。
老若男女を問わず、ときにはボディタッチなんかして、コミュニケーションを図るのである。
食堂に至った。
キッチンで仕事をしている者達が、ちょうどまかないを食べていた。
ミートソースのスパゲティだ。
先ほど昼食はとったばかりだが、まだ余りはあるとのことだったので、スフィーダは彼らの食事にまざることにした。
山盛りを用意してもらい、それをぺろりとたいらげると、椅子の上に立ち、えっへんと胸を張る。
その場にいた全員が拍手喝采で応えてくれたので、彼女はたいへん満足した。
食後も練り歩く。
どこからどうやって入ったのか、図書室の隅っこに黒猫を見つけた。
眠っている様子だったので撫でてやろうと思い、そーっと手を伸ばした。
すると、いきなり目覚めて、くしゃみを三連発。
思わず手も身も引いたスフィーダをじーっと見てから、黒猫は何事もなかったかのように顔を洗い始めた。
「図太い奴じゃな」
彼女はそう言いつつ、黒猫に微笑みを向けたのだった。
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終着点にはヨシュアの私室を選んだ。
そう大きくはない本棚があり、そこに並んでいるのは小説だ。
ジャンルを問わず、読むらしい。
玉座の脇に立っている際も、ページをめくったりする。
スフィーダも、ときどき貸してもらう。
彼女はヒトとヒトとの温かい交流を描いたような作品にめっぽう弱い。
グスグスと鼻を鳴らすどころか、ぽろぽろと泣いてしまうことだってある。
スフィーダはベッドの端に腰掛け、うんと伸びをした。
彼女の隣には、ヨシュアが座る。
「散歩は満喫されましたか?」
「うむ。楽しかったぞ」
「気さくな陛下のお姿を見て、仕える者達も、改めて感銘を受けたことかと存じます」
「いかめしいイメージを持ってもらっては不本意じゃからの。なんじゃったら、女王陛下やスフィーダ様ではなく、スフィーダちゃんと呼んでもらいたいくらいじゃ」
「では、次からはそういたしましょう」
「おぅおぅ、次からとは言わずに今呼んでみぃ」
「スフィーダちゃん」
「おっ、おおぅ、なんだかこそばゆいな」
「スフィーダちゃん」
「や、やっぱりやめよ。照れくさくてかなわん」
「スフィーダちゃん」
「やめよと言っておろうがっ」
スフィーダは、ヨシュアの右肩を両手でぽかぽかと叩いた。
「ところで、ヨシュアよ」
「なんでございましょう?」
「普段、私室で寝泊まりする必要はないのじゃぞ? むしろ毎日家に帰って、クロエを喜ばせてやれと、わしは言いたい」
「私は陛下の最側近にございますから。できることなら、陛下のお部屋にベッドを置いていただきたいくらいなのでございます」
「むぅ。そうなのか」
「それにでございます」
「それに、なんじゃ?」
「たまに家に帰るくらいが、ちょうどいいのでございます」
「どうしてじゃ?」
「そのほうが、燃えるからでございます」
「も、燃える?」
「夜の激しさが増すのでございます」
「なな、なにを言っておるのじゃ、おまえは」
「妻は激しいのが好みなのでございます」
「よよよ、よせ。それ以上は言うな」
「私もどちらかというと、より情熱的なほうが好みで――」
「よせと言っておろうに!」
スフィーダは赤面しながら、やはりヨシュアの肩をぽかぽかと叩いたのだった。




