第136話 夜空を駆ける炎の竜。
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ここのところ、ヨシュアがまた防衛の最前線に駆り出されている。
魔物の兵を向こうに回し、昼夜を問わず指揮をとっているのである。
ヨシュアが出張らなければならないという事実は、現場がのっぴきならない状況にあることの証左だ。
彼は少しの睡眠で問題がない、立ったままでも眠れると話しているが、それでも疲れはするだろう。
そういうこともあって、スフィーダは疑問に思うのだ。
国難の中、自分はすやすや寝ていてもよいのか、と。
申し訳のなさを通り越して、罪悪感すら覚えてしまう。
そんなふうな心境だから、寝つきも悪くなった。
そわそわそわそわしてしまい、どうにも落ち着かない。
そして、ある夜、いよいよ我慢できなくなった。
様子を見に行こう。
そう決めた。
寝間着からロング丈の黒いドレスに着替え、白いショールを羽織り、私室から出る。
暗い玉座の間。
当然、誰もいない。
スフィーダは自らを包み込む飴色の筒を作り出した。
移送法陣だ。
西海に面する国境、その手前まで一飛びである。
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大草原の上空に出た。
国境を越えて攻め入られたときに迎え撃つ場所が、ここだ。
あえて誘い込む場合もある。
なにせ、だだっ広いだけの原っぱだ。
戦をするには打ってつけなのである。
目がいいスフィーダには、よく見える。
二キロメートルほど先で、戦闘が行われている。
炎があちこちで飛び交い、黄金色の光の矢が至るところで降り注ぐ。
魔法を用いた戦いだ。
圧巻の光景と言っていい。
久々の感覚。
全身がざわと粟立つ。
戦いたい、必死になって。
踊り狂いたい、我を忘れて。
だが、そんな思いは苦笑いとともに吐き出してしまう。
果てなき戦いに身を投じていたのは、昔のこと。
今の自分は国の象徴だ。
”慈愛の女王”という二つ名は過ぎたものでしかないが。
一キロほどの距離を飛んだ。
その背に近づく。
気配を察知したらしい。
ヨシュアは振り返った。
スフィーダのことを見ると、彼は目を丸くしたのだった。
スフィーダはヨシュアの隣に並び、色とりどりに瞬く魔法の光に目を細める。
「これほどまでの激戦じゃったのか……」
「あくまでも一点突破を貫いてくるようですので、必然、敵の数も局所的に多くなります。そもそも戦闘的な民族なのかもしれない。またすぐに私が先頭に立ちます」
ヨシュアの献身的な姿勢には、最敬礼したくなる。
「それにしても、どうしてわざわざいらしたのですか?」
「わしだけ寝ておってよいものかと思っての。夜が明けぬうちに戻れば、問題なかろう?」
「そうではございますが」
「ピットにミカエラ、それにエヴァはよくやっておるか?」
「日を追うごとに戦い方が上達しています」
「他の者だってそうじゃろう?」
「はい。しかし、それでも毎日散りゆく者が出ます」
スフィーダは目を閉じた。
彼女の左の目尻からは一筋の涙が伝う。
兵を失うは、我が子を失うと同義だ。
おまえ達の死を無駄にはしない。
天に召された者達へ、そう伝えたい。
突然のことだった。
赤い髪、赤い瞳のケイオス・タールがやってきた。
ぴゅーっと飛んできて、スフィーダの前でぴたりと止まった。
「あれぇ? やっぱりスフィーダ様だぁ。どうしたの?」
「ケイオス、そなたも出ておったのか」
「国の有事だからね。がんばっちゃってるよぉ」
ケイオスは右手と左手に剣を握っている。
「その細い剣でバリアを破れるのか?」
「これ、特注なんだ。そう簡単に折れたりしないよ。ただ、見ての通り、数が多すぎ。異界に通じる穴だっけ? それを早く閉じてもらわないと」
「本当に、敵勢にキリはないのじゃろうか。無限ではないように思うが」
「かもね。でも、今、それを言ってもしょうがないよね?」
「ま、そうじゃの」
「プサルムは負けないよ。みんな強いし、なにより一致団結してるもん。誰かがピンチになったら、誰かがきっちりフォローしてる。今さらだけど、俺、この国に生まれてよかったなって思ってるんだ。こんなに素敵な奴らと出会えたんだからね」
「ああ、ダメじゃ。ケイオスよ、そういうことを言ってくれるな」
「ん? どうして?」
「なんだか泣けてくるからじゃ。プライドをもって戦う者を、わしは心から誇りに思うぞ」
「いいこと言うね。さっすが女王陛下」
「ヨシュアよ」
「はい」
「好きにしてもよいか?」
「どうぞ、存分に」
スフィーダは「うむ!」と元気に頷くと、びゅんと高く舞い上がった。
戦闘の只中を見下ろす位置まで瞬時に至り、すぅっと大きく息を吸い込む。
そして、叫んだ。
「おーい! みなの者! わしじゃ! スフィーダじゃ! 前を向け! 振り返るな! 兵としての矜持を見せよ! 大丈夫じゃ! そなたらにはわしがついておる!」
途端、緑色の肌はおろか、性器までをも剥き出しにしている敵兵が、束になって上昇してきた。
長く連なり、塊のようになって迫り来る。
スフィーダは、にぃと笑う。
左手を後ろに伸ばす。
その手に炎をまとう。
スフィーダの全力の炎は渦巻くどころではない。
そのかたちは咆哮する巨大な竜へと変化する。
「どぉぉぉりゃぁぁぁぁっ!!」
そんな威勢のいい掛け声とともに左腕を大きく右へと振り、炎の竜を放った。
押し寄せてくる魔物らを、竜は轟音とともに容赦なく飲み込んでゆく。
兵のみなが「おーっ!!」と鬨の声を上げる。
戦いがいっそう、激しさを増した。




