第135話 リヒャルトの提案。
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その真っ白ないでたちと圧倒的な戦闘力から”恐怖の白”と呼ばれる曙光の大将軍、名はリヒャルト・クロニクル。
そのリヒャルトが、文を寄越してきた。
ぜひ会いたいのだという。
ヨシュアに話があるらしい。
ヨシュアが書いた返事を見せてもらった。
会ってもいいが、最低限の人数で来い。
そのような旨がしたためられていた。
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三日後。
訪ねてきたリヒャルトの連れは、副隊長のシオン・ルシオラのみだった。
リヒャルト。
がっしりとした体に、薄い装甲の白い鎧。
白い髪は背に届くほどに長い。
いかにも強靭そうな雰囲気を醸し出している。
シオン。
細身の体に、赤い魔法衣。
浅葱色の髪は長くない。
始終、目を閉じているのはどうしてだろう。
二人は、ヨシュアにすすめられるまで、椅子には座らなかった。
礼儀はきちんとわきまえているらしい。
以前、来訪した際の振る舞いも堂々としたものだったことを思い出す。
「またスフィーダ様にお会いできるとは思いもしませんでした。ご出席、感謝します」
白いクロスが敷かれたテーブルの向こうで、リヒャルトが言った。
落ち着いた口調、声。
紛れもなく大物だ。
無論、スフィーダは二人に対して、怒りを覚えている。
特にシオンに対する思いが強い。
なにせヴァレリアの体に一生残る傷をつけ、さらにはフォトンが投獄されてしまうきっかけまで作った女だからだ。
しかし、過去を振り返ってばかりいては、大切なことを見失う。
ここは冷静に対処すべきシチュエーションなのである。
「たった二人とは、豪胆なことじゃの」
スフィーダはテーブルに頬杖をついた。
「最低限の人数でとのことでしたので」
ゆったりと笑んだリヒャルト。
「して、なんの用じゃ? って、ヨシュアよ、わしが話を進めてもかまわんか?」
「どうぞ、自由にお振る舞いくださいませ」
「だ、そうじゃ。リヒャルトよ、話すがよい」
「緑色の肌をした魔物の件についてです」
スフィーダの眉根にしわが寄る。
「知っておるのか?」
「かねてより耳にしておりましたが、わざわざ我が国にも襲来しまして。地理的にはずいぶんと離れているにもかかわらず、ご苦労なことです。隊長クラスの者はフツウに人語を話せたので、色々とうたってもらいました」
「で?」
「くだんの手合いは、いまだイェンファ、それにブレーデセンを占領しているとか」
「そうじゃが、それがどうかしたか?」
「貴国の現状を伺いたい」
「教えてやる義理はない」
「しかし、お話しいただきたい」
「じゃったら、まずはきちっと用件を話せ」
「魔物退治に加勢したく存じます」
「なんじゃと?」
スフィーダはヨシュアをちらと見た。
彼は顎に手をやり、値踏みでもするような目でリヒャルトを見据えている。
「目的が同じであれば、手を取り合うことがあってもよいはずです」
そう述べたリヒャルトを見つめるスフィーダ。
嘘や冗談を言っているわけではないように、彼女には映った。
「現在、我が軍はイェンファに侵攻中です」
ヨシュアが打ち明けた。
悪い話ではないと判断したのだろうか。
「ヴィノー閣下、手間取っていたりはしませんか?」
「正直、一進一退です」
「事実ですか?」
「正直にと言いました」
「できることなら、イェンファとブレーデセンに同時に攻め入ることで、敵を一気に殲滅、根絶やしにしたい?」
「ええ」
「貴国は防衛戦を強いられているとも耳にしました」
「それだけ数が多いということです」
リヒャルトは「考えてもみてください」と言い、テーブルに頬杖をついた。
「仮に我らが敗れたところで貴国にはなんの損害もない。むしろ、私が死ぬことにでもなれば、万々歳でしょう?」
「ああ、そうじゃな。その通りじゃ」
スフィーダは雑な返事をし、鼻から息を漏らす。
「今回、私は独断で行動しています。国の意向ではありません」
「独断で兵を動かせるなど、曙光はどれだけ自由なのじゃ」
「それなりの地位にもなればということです」
「いざとなったときの援軍は?」
「うまくやります」
「なんでもアリじゃの。というか、そもそもウチに断りを入れる必要などないじゃろうが。先方の合意を得た上で上陸すればよい」
「一応、ヴィノー閣下にはお伝えしておこうと考えた次第です」
「変に律儀な奴じゃな」
「それが私というニンゲンです。ときに、フォトン・メルドー少佐はお元気ですか?」
「余計なお世話じゃ。おまえ達さえいなければ、投獄されることもなかったのじゃからな」
「その旨は存じております」
「フォトンが仕返しに来ることくらい、容易に想像がついたじゃろう? なのになぜ、すぐにハイペリオンから引き揚げたのじゃ?」
「身分相応に忙しい身でして」
「これまでの発言からして、そうとは思えんな」
「また会うこともあるでしょう。私は彼を気に入っております」
「フォトンの復讐の炎に身を焼かれるがいい」
「それも一興」
「ふざけた男じゃ。もうよい。帰れ。ディナーは出さん」
なにが面白いのか、リヒャルトは肩を揺らして笑ってみせた。




