第133話 広がる不安。
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戦況は、主に毎日の新聞にて報道される。
いまだ、カナデ王国を奪還することはできていない。
連日、プサルムの西の国境には緑色の肌をした連中が押し寄せてくる。
そういった事実は、当然、多くの国民を不安がらせるに至る。
本日一人目の謁見者である痩せた老婆も、そのことを口にした。
「お国のことを信じていないのではございません。でも、本当に大丈夫なのでしょうか?」
スフィーダは笑顔を作る。
「心配には及ばぬ。負けようのない戦じゃ」
「ですが、スフィーダ様、お隣にヴィノー様がいらっしゃらないではありませんか」
そう。
ヨシュアは国防のため、前線にて自ら陣頭指揮をとっているのである。
「戦争を速やかに終結させるための措置じゃ。ヨシュアが出たほうが、事はより早く片づくのじゃ」
「敵は緑色の肌をした兵隊だと聞きました。得体の知れない、たとえば魔物の類ではないのですか?」
「そうじゃとしても問題はない。我が軍は強靭じゃからの」
「それでも私は不安です。不安で不安でしょうがありません。周りのみなもそう言っています」
「じゃから、心配する必要など――」
「セラー首相の言葉だって、真に受けてよいものかどうか……。実のところ、敵はもうそこまでは迫っているのではありませんか? カナデ王国を奪い返すことに兵の方々を割いている場合ではないのではありませんか? 違いますか?」
「みな、所定の行動を実行しておるだけじゃ。本当にそうなのじゃ。気を揉まずともよい」
「私自身のことはどうでもよいのでございます。ですが、未来ある息子夫婦や孫のことを思うと、夜も寝つけないのでございます」
老婆はぽろぽろと泣き始めてしまった。
スフィーダは玉座を離れ、階段を下りた。
歩み近づき、膝の上で揃えられている老婆の両手に両手を添えた。
「大丈夫じゃ。本当に大丈夫なのじゃ。どうかわしを信じてはくれんか?」
「はい、はい。わかりました。スフィーダ様のおっしゃることです。信じます……」
◆◆◆
玉座の間。
夕食をとり終え、紅茶を飲んでいる最中に、ヨシュアがやってきた。
彼が出張らなければならない状況が改善されたということだろうと思い、スフィーダはホッと息をついたのだった。
テーブルを挟んで、スフィーダの正面に座ったヨシュア。
彼は侍女が入れた紅茶に、品よく口をつける。
「状況は? どんな感じじゃ?」
「今は押しとどめています」
「今は、じゃと?」
一転、スフィーダは不安になる。
「あ、あまりよくないのか?」
「際限なく湧いてきますからね。私もすぐに戻ります」
「おまえは三日三晩、働き詰めじゃろう?」
「問題ありません。私の場合、少しの時間さえあれば、立ったままでも眠れますので」
「なんじゃったら、わしが出るぞ?」
「陛下が戦いに出向く。それを国民はどう感じることでしょう?」
「む、むぅ……」
スフィーダはそう口をとがらせるしかないのである。
ヨシュアにダメと言われたら、動きようがない。
「エヴァ・クレイヴァー少佐、それにピット・ギリーとミカエラ・ソラリスの両少尉を防衛線に配置しました」
「三人とも戻したのか。ということは……」
「はい。カナデの奪還はフォトンに任せます。問題ありません。彼ならなんとかします」
「フォトンめは病み上がりのようなものじゃろうが」
「それでもやり抜きます。戦士ですから」
「心配じゃ」
「無用です」
「そうか?」
「嘘も冗談も申しません」
ヨシュアが言うのだから、安心できる。
裏を返せば、彼以外の誰が言っても安堵できない。
「フォトンらの指揮は? 誰がとっておるのじゃ?」
「マクレーン准将に任せていたのですが」
「マクレーン?」
「以前、私に職を譲れと迫ってきた男です」
「確かにおったな。そのような者が」
「彼は死にました」
「し、司令官が戦死したのか?」
「前に出すぎたゆえだそうです。彼は自らの力を正確に把握できていなかったようですね。部下にいいところを見せようとして、結果、自滅した」
「代わりは? 誰が指示を出しておるのじゃ?」
「ヴァレリア大尉です」
「そうか。ヴァレリアが……」
「まだ、不安は払拭できませんか?」
「それも無理のない話じゃろう?」
「フォトンの部隊は我が国最強です。大丈夫です。といっても、助け船が欲しいところではありますね。やり手という条件はつきますが、数は多いほどいい」
「わしがネフェルティティと交渉してもよいぞ?」
「自国の利益が見込めない以上、あの御方は動かれないでしょう」
「恩を売っておいて損はないと考えるかもしれん」
「裏を返せば、のちのち、なにを言われるかわかったものではないということになります」
「付き合いだけは長いのじゃがな」
スフィーダの口からは、溜息が漏れた。
紅茶を飲み終えたヨシュアが、椅子から腰を上げる。
「女房の、クロエの顔くらい見ていったらどうじゃ?」
「そのつもりでございます。では」
それだけ残して、ヨシュアは去った。
スフィーダは両手の指を組み、顎を引いて目を閉じる。
やっぱり自分にはみなの無事を祈ることしかできないのかと思うと、女王という立場に不自由さを感じざるを得なかった。




