第132話 毒々しき者。
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カナデ王国奪還のための派兵を翌日に控えた、その日の午後。
謁見者の女性と話をしている最中に、東側の柱のあいだをすり抜け、玉座の間へと舞い下りた者の姿があった。
思いもよらぬことではあるが、双子の近衛兵、ニックスとレックスの対応は早い。
謁見者の若い女性を守るべく、すぐに侵入者の前に立ち塞がった。
侵入者。
頭髪はない。
恐らく男だろう。
薄手の白いローブをまとっている。
なによりの特徴は、肌が緑色だということだ。
見た目だけで評価するのはよくない。
よくないのだが、なんと毒々しい外見の男なのだろうと感じざるを得なかった。
ニックスとレックスが侵入者の首に槍を突きつける。
するとだ。
侵入者は槍の切っ先をそれぞれ掴んで、刃を破壊した。
恐るべき握力である。
しかし、戦う意思はないらしい。
小さく両手を上げてみせたのだった。
「話を聞いていただきたく、参上いたしました」
侵入者はそう述べた。
「ニックス、レックス」
ヨシュアが顎をしゃくった。
双子の近衛兵に謁見者を連れ出すよう指示を出したのだ。
彼らはただちに従い、女性をともなって大扉へと向かった。
進み出て、赤絨毯の上で片膝をついた侵入者。
肘掛けに頬杖をついたスフィーダは、目つきを鋭くして相手を睨む。
「名を申せ、無礼者」
「アバと申します」
「イェンファ、それにカナデを奪い取った魔物のうちの一匹で間違いないか?」
「魔物、それに一匹ですか」
アバと名乗った魔物は、シニカルに笑ったように見えた。
慇懃無礼だということだ。
「我々も自らのことを魔族と定義していますので、なんと呼ばれようがかまいません。匹という単位も甘んじて受け容れましょう。尚」
「なんじゃ?」
「まもなく、ブレーデセンも我らの手に。一気呵成の作戦でした」
「ゆるせんな」
「そうでしょうね」
「どうやって、このアルネにまで至った?」
「高空を飛んでまいりました。貴軍の警備には穴があります」
「国境線は短くない。そして、人的資源には限りがある。それでも、他国に比べればウチの壁は強固なほうじゃろう」
「確かに、攻め入るには多少、手こずりそうではありますが」
「攻め入る、か。いったい、どう出てくるつもりじゃ?」
「お答えする義務はありません」
「答えろ」
「一点突破です。分厚く鋭い矛を形成し、一息になだれ込む」
肩をすくめると、強い目をしたスフィーダ。
すでに結構、腹が立っているのである。
ムカついていると言ったほうが適切か。
「この世界のことは? どれだけ知っておる?」
「情勢はほぼ把握できていると考えています。曙光にアーカム、そしてプサルム。この三つが大国とされている」
「改めて言っておく。我が軍は強いぞ」
「提案があります。お願いと言ってもいいかもしれません」
「聞く耳など持たぬつもりじゃが?」
「我が国、新生イェンファをお認めいただきたい」
「国家として認知しろというのか? そこにある意図はなんじゃ?」
「貴国とはけんかをするつもりはないということです。話し合いに応じるということです」
「じゃが、他の国は侵略するのじゃろう?」
「当然です」
「当然とまで言うのか、この痴れ者め。おまえ達の目的はいったなんじゃ?」
「人間界の支配でございます」
「ウチとけんかはしないのではなかったのか?」
「今しばらくの猶予を約束するという条件に過ぎません」
スフィーダは舌を打った。
まったく、忌々しい限りだと彼女は思う。
「ヒトを食らうと聞いたが?」
「好物です。だからこそ、この世界への来訪を渇望していたと言っても過言ではありません」
「ベジタリアンになれと言っても聞かんか?」
「ご冗談を」
「到底、相容れんな」
「ご対応はもはや遅きに失しています。私どもの拡散は防ぎようがない」
「異界との穴を塞いでしまえば、じり貧になるじゃろうが」
「そうはさせないと申し上げているつもりです」
「わかった。もうよい」
「交渉は?」
「決裂に決まっておろうがっ!」
ヨシュアが渦巻く炎を左手から放つ。
アバは薄紫のバリアで防いでみせた。
今度は太く長い黄金色の槍を作り出し、それを投擲したヨシュア。
やはり、アバはバリアで食い止めてみせる。
槍はバリアを突き破るべく刃を立てる。
だが、まもなくして粒子となり、ぱっと飛散した。
ヨシュアの攻撃を防ぎ切ったのだ。
実力は認めるしかない。
アバが片膝をついた姿勢から、ゆっくりと立ち上がった。
それから両腕を広げて背を反らすと、今までの紳士的な振る舞いから一転、「ギャハハハハハハハハッ!」と底抜けに下品な笑い声を上げた。
「楽しみはあとに取っておけってなあっ! 待ってろよ、スフィーダ! おまえのことは必ず殺す! 四肢を切り落としてヤりながら殺してやる! そして、食ってやる! 食ってやる! 食ってやる!」
アバの体が飴色の筒に包まれる。
移送法陣だ。
「逃がすか!」
スフィーダは右手から幾本もの光の矢を放つ。
ヨシュアもだ。
しかし、矢は筒をすり抜けてしまった。
アバは大爆笑を残して、姿を消したのだった。
「やれやれ。床に傷をつけてしまっただけでしたね」
矢が赤絨毯に刃を立てたことを指して、ヨシュアが述べた。
「なにのんきなことを言っておるのじゃ」
スフィーダは額に右手をやり、ゆるゆると首を横に振る。
「あのクラスの使い手が多数いるのであれば、厳しい戦いになりそうですね」
「そうじゃの。どの国も、他国と揉めておる場合ではなくなるじゃろうな」
「やはり、貧乏くじでございます」
「じゃが、看過することはできぬ。謁見者を募るのは……やめんほうがよいな」
「はい。民が気を揉みますので」
「国難じゃ」
「乗り越えましょう」




