第130話 物知り翼竜。
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ヨシュアの移送法陣にて到着した先は岩場だった。
目の前では洞窟がぱっくりと大きく口を開けている。
背後には森が迫っていて、聞いたことのない鳥の鳴き声がする。
いや、耳にしたことはあるものの、覚えていないだけかもしれない。
スフィーダ、案外、忘れっぽいのである。
どこに来たのかは、さっぱりだ。
まだ午前中なのに、暑いくらいに気温は高い。
洞窟の中へ。
真っ暗ということはない。
奥行きがないのだ。
だから、日の光が届く。
翼竜のドル・レッドは、うつ伏せの格好で眠っていた。
赤い魔法衣姿のイーヴルはというと、竜の腹のあたりに背を預けて、やはり寝ている。
仲がいいのは結構なことだが、両者揃って鈍感かつ無防備なことだ。
少々、お寝坊さんでもある。
スフィーダがそんなふうに思っていると、ドル・レッドが例の野太いがらがら声で、「なんの用だ?」と訊ねてきた。
前言撤回。
鈍感ではない。
気配にはきちんと敏感らしい。
ドル・レッドが目を開けた。
大きな瞳がぎょろりと動く。
「なんだ。スフィーダか」
「なんだとはなんじゃ。失礼じゃぞ」
「そんなことはいい。もう一度訊く。なんの用だ?」
「イェンファという国を知っておるか?」
「無論だ」
「我が国は今、そのイェンファと戦争状態にあるのじゃが」
「手なら貸さんぞ」
「そうではない。敵勢に魔物がまじっておるようなのじゃ」
「魔物?」
「わしが実際に見たわけではないがの」
「ひょっとしてその魔物とやらは、緑色の肌をしているのではないか?」
「ご名答じゃ。やはり知っておったか」
「だてに三千年も生きていない」
「魔物、魔物じゃ。この世の者だとは到底思えん。出没したことについて、なにかからくりがあるのだとしたら……。その部分を把握しているのであれば、教えてもらいたい」
「見返りは?」
「キャベツ一年分でどうじゃ?」
「すっかりベジタリアン扱いだな」
「自分でそう言っていたではないか」
「まあ、そうなんだが」
大きく口を開けたドル・レッド。
竜もあくびくらいはするらしい。
「緑色の魔物。その昔、俺も何匹か食った。味はよくなかったな」
「そういう感想は要らんのじゃが」
「魔女が姿を現す前には、それなりの数がいたんだよ」
「そうなのか?」
「ああ。中には手ごわい奴もいた」
「それで?」
「イェンファでは、稀に変わったニンゲンが生まれるらしい」
「変わったニンゲン?」
「異界につながる穴をあけるという術者のことだ」
異界?
穴をあける術者?
いずれも初耳なのでスフィーダはびっくり、目を見開いた。
「い、異界なんてものがあるのか?」
「そのようだ」
「術者。それはイェンファ特有の使い手なのか?」
「だろうな。他の国に現れたという話は聞いたことがない」
「魔物は多くいるという話じゃが……」
「イェンファはおまえ達に攻め立てられ、にっちもさっちもいかなくなって最後の手段に出たんだろうが、下手を打ったな。多くを呼び込んだのだとすると」
「呼び込んだのだとすると?」
「簡単だ。魔物どもに、国を乗っ取られる」
「では、もはや……」
「恐らくだが」
「恐らくでよい」
「今、イェンファの実権を握っているのは、魔物の中で最も力に秀でた奴だ。王と言っても差し支えはないのかもしれないな」
「ヒトの命令など、魔物は無視すると?」
「当然のことだろう? 自らより力の劣る者の言うことを、どうして聞かなければならないんだ?」
「となると、まずは術者を保護するしかないということか……」
「保護か。俺は殺したほうがいいと思うがな」
「望まぬ協力を強いられているのだとすれば、そうもいかんじゃろう」
スフィーダは隣に立っているヨシュアを見上げた。
「イェンファからの撤退命令は出したのか?」
「現場判断で、とうに退却済みです」
「しかし、すぐに兵を整え、派遣せねばなるまい?」
「はい。素早く動かないと、悔やんでも悔やみきれない事態に陥ってしまうことでしょうから」
ヨシュアが「ドル・レッド。一つ、聞かせてください」と話し掛け、「魔物達の食糧はなんですか?」と訊いた。
「驚いた。いい質問をするじゃないか」
「当てずっぽうの問い掛けですが、どうなんです?」
「奴らはヒトを食う。ついでに言っておくと、ヒトと交わり、子を生ませることもできる」
スフィーダ、「な、なんと、そうなのか」と驚いた。
ヒトを食することも、ヒトと交尾できるということも、予想外だったからだ。
「だったら尚のこと、対応を急ぐ必要がありますね」
ヨシュアはそう言うと、ゆるゆると首を横に振った。
「やれやれ。とんだ貧乏くじを引いたものだ」
ドル・レッドが「そうだな。アンラッキーだ」と言い、「地理的に考えて、おまえ達が率先してなんとかするしかないんだからな」と続けた。
「ドル・レッド、貴重な情報をありがとうございました。では陛下、そろそろ」
「うむ。そうじゃな」
ヨシュアの移送法陣、飴色の筒が、スフィーダと彼を包み込む。
いよいよ場をあとにするとき、ドル・レッドの「健闘を祈ってやるよ」という声が耳に届いた。




