第13話 囚人はかく語りき。
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玉座の間は開放的だ。
東西は幾本もの柱で構成されている。
だから、いつでも柱のあいだから空を見渡すことができる。
年がら年中ぽかぽか陽気のアルネだからこそ可能な造りだと言える。
東から西へと吹き抜ける風が心地よく感ぜられる、そんな午後。
謁見者が訪れた。
麻であろう、粗末な上下の着衣。
ひげはきれいに剃られている。
饐えた匂いなどもしない。
年齢は三十くらいだろうか。
なにより特徴的なのは、両の手首を縄で縛られているという点だ。
囚人だろう。
それくらいは推測できる。
男は跪かなかった。
あぐらをかいた。
それから「名乗るくらいはしたほうがいいか? 女王様よぅ」などと訊いてきた。
気色ばんだ様子の近衛兵の一人が、男の喉元に槍を突きつける。
スフィーダはそれを「よい」と制した。
「名乗りたくなくば名乗らずともよい。じゃが、なぜここを訪れたのか、その理由は教えてもらいたい」
「懺悔しようと思ってな」
「懺悔?」
「嘘だよ」
「嘘?」
「死ぬ前に、アンタに会ってみたかった。それだけさ」
「死刑になるのか?」
「ああ」
「なにをやった?」
「十人の女を強姦した。一人は首を絞めて殺した」
スフィーダは鼻から息を漏らすと、悲しみを込めた目で男を見た。
「どうして、そのような愚かな真似をした?」
「さあ。なんでかな。わかんねぇよ。それより、訊きてぇんだ、女王さんよ」
「なんでも申してみよ」
「アンタ、死刑についてどう思う?」
実に難しい質問をぶつけてくる男だ。
「ないほうがよい制度だとは思う」
「だよなあ? でも、あるんだよ、女王さん、いや、”慈愛の女王”さんよ」
「その二つ名は好きではない」
「なんでだ? 偽善的な響きに聞こえちまうからか?」
「理由など、どうだってよい」
「アンタはこの国では絶対的だ。国民の誰もがアンタのことを認め、敬い、慕ってる。だけど、アンタの知らないところで貧乏してる奴はいて、ヒトを殺すニンゲンだっているんだよ」
「わしは魔女かもしれんが、全知全能ではない」
「魔女どころか、神様だって拝んでるニンゲンもいるぜ?」
「できる限りヒトにはそっと接したい。それだけではいかんか?」
「そういうことをしようとするから、神様だって思われるんだよ」
「つまるところ、なにが言いたいのじゃ?」
「だから、アンタに会いたかっただけだよ。だったらもう下がれ。そう言うかい?」
「言わぬ。思いの丈を好きなだけ吐き出していけばよい」
「ほら。やっぱり神様だ」
男はけらけらと笑った。
そして男は「もういいよ」と言うなり立ち上がり、向こうを向いた。
近衛兵に挟まれ、歩いてゆく。
男が大扉の向こうへと消えたところで、スフィーダはふぅと息をついた。
彼女の口元には苦笑いが浮かぶ。
「そうじゃな。我が国にだって、悪事を働いたり、不幸だったりする者はおるのじゃな……」
玉座のかたわらに控えているヨシュアが、「さようでございます」と言い、「おつらい事実でございますか?」と続けた。
「そうは言わん。ただ、ほんに悲しいとだけ思う。犯罪の件数自体は、どうなっておるのじゃ?」
「他国に比べればかなり低い水準でございます」
「それでもゼロにはできんのじゃな」
「当然でございます」
「前言を覆そう。やはりつらいぞ」
「そのように感じることができる。だからこその”慈愛の女王”でございます」
「おまえもその名を口にするのか」
「他意はございません」
「囚人の願望など、よくもまあ、拾い上げたもんじゃな」
「それが成せるような指示を出しておりますから」
「ヨシュアよ」
「なんでございましょう?」
「ひょっとして、さまざまなニンゲンと引き合わせることで、おまえはわしを教育しようとしておるのか?」
「教育など、滅相もございません。しかし」
「しかし?」
「陛下のためになればとは、考えてはおります」
スフィーダは一つ頷き、「あいわかった」と告げた。
「今後もいろいろなニンゲンと会いたいと考える。よろしく頼むぞ、ヨシュアよ」
「御意にございます」




