第129話 魔物。
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本日最後の謁見者が玉座の間をあとにした、その直後のこと。
赤絨毯の上に突如として飴色の筒、移送法陣が出現した。
ヒトを三人は包み込めるような、大きなものである。
筒が空気に溶け込むようにして消滅する。
人影が見えてくる。
姿を現したのはピットとミカエラ、それにエヴァだった。
ピットとミカエラは肩で息をしている。
だが、そのうち落ち着いたようで、二人は片膝をつき、頭を垂れてみせた。
エヴァはというと、腕を組んで突っ立ったままである。
彼女は呼吸を乱しているということはない。
「エヴァ・クレイヴァー少佐。陛下の御前です。礼を尽くしなさい」
「閣下、堅苦しいことは抜きにしてよ。仲間じゃない」
「ダメだと言っています」
「しょうがないわね。はーい」
エヴァも片膝をついた。
ヨシュアは確かに頭が固い。
別に大仰な挨拶は要らない。
だから早速、三人には立ってもらった。
「今、そなたらが従事している任務はなんじゃ? 揃ってイェンファの攻略戦に回されておるのか?」
エヴァが「そうよぉ」と答え、「やっぱり戦場っていいわよね。ストレス発散になるから」と続けた。
「その考え方はよくないぞ」
「陛下ならそう言うわよねぇ」
「なぜ作戦中に帰ってきたのじゃ?」
「焦らないでよ。これから話すから」
本題に入る前に、ヨシュアが待ったをかけた。
「エヴァ・クレイヴァー少佐、二つ、注意事項があります」
「なによぅ」
「一つ。移送法陣の使用は禁止されています」
「その国際法って、もはや形骸化してない?」
「やむを得ない場合のみにしなさい」
「はーい。二つ目は?」
「移送先に、この玉座の間を選択するのはやめなさい」
「わかった。わかったから、そんなに怖い顔しないでよ」
エヴァは肩を下げて息をつくと「ホントに閣下って細かいんだから」と、ぶうたれた。
ピットが「クレイヴァー少佐が近くにいてくれたおかげで助かったッスよ」と言い、ミカエラに至っては「殺されていたかもしれないとまでは言いませんけれど、危なかったことは事実です」と物騒なことを述べた。
スフィーダは「なにがあったのじゃ?」と問い掛けた。
するとエヴァが「変なのが出てきたのよ」と返してきた。
「変なの? どういうことじゃ?」
「ヒトのかたちをしていて、中には人語がわかる奴や魔法を使える奴もいるみたいだけど、肌が緑色なのよ」
「緑色?」
「そう。白い布をまとっているのもいれば、ああ、やだ、全裸の輩のほうがずっと多かったわね。見た感じだけど、男も女もいた。気持ち悪いったらありゃしない。言ってみれば魔物ね。とにかく見たこともない生き物だった。あんな連中がこの世界にいるなんて、私は知らなかった」
「その魔物とやらのせいで、逃げてきたのか?」
「悪い?」
「いや、そなたらしくないなと思っての」
スフィーダ、素直にそんなふうに考えた。
エヴァが退くなど、本当にレアケースであるように感じられた。
「数がいたのよ。しかも、かなり頑丈だった。ヒトよりずっと体が強いわ。厄介よ」
「そのような生き物の話は、わしもまったく聞いたことがない」
「そうなの?」
「そうなのじゃ」
「でも、変よね。そういう手札を持っているなら、もっと早くに切ればよかったんだから」
「確かに、その通りじゃの」
「でしょう?」
「うむ」
「まあ、そんなふうに状況はちょっと剣呑さを帯びてきたわけだけど、ねぇ、閣下、これから私はどうしたらいい?」
「改めて、出撃してもらいます」
「兵の増員は? してくれるのよね?」
「貴女が述べたことが真実なのであれば」
「嘘ついてどうすんのよ」
「貴女には期待しています」
「へぇ。そうなの? 褒めてくれるなんて珍しい」
「別に褒めてはいませんよ」
ヴィノー閣下と呼び掛けたピット。
「俺達もまた派遣してくださいッス」
「魔物とやらと戦うことすら、いい経験だと?」
「違うッスか?」
「あなた達の能力は評価していますが」
「死んだところで自己責任ッス」
「わかりました。その覚悟があるのなら、いいでしょう。実戦に勝る鍛錬はないでしょうしね」
ピットとミカエラが軽く拳をぶつけ合う。
やったねということだろう。
エヴァが「じゃあ、とりあえず待機?」と訊いた。
「ええ。ときが来たら伝えます」
「あんまり待たせないでよね。私って気が短いんだから」
「知っていますよ」
スフィーダは「魔物については、わしも調べてみるとしよう」と言った。
そしたらエヴァが「あら。陛下にはあてでもあるわけ?」と訊いてきた。
「ちょっと訪ねてみるだけじゃがの」
「誰を?」
「内緒じゃ」
「ケチ」
「陛下が外出されるのであれば、当然、私も同行します」
「かまわんぞ。というか、ヨシュアよ、おまえの移送法陣でないと訪ねることができん。わしはその場所を知らんからの」
「……なるほど。そういうことでございますか。確かに、彼らならなにか知っているかもしれませんね」
「そういうことじゃ」




