第128話 対イェンファ、開戦。
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ティーム・ブラック情報部長と接する機会はこれまでほとんどなかったが、スフィーダだって、諜報機関が重要なセクションであることくらいは理解している。
昼休みを利用して、ヨシュアがそのティームに会うという。
簡単な意識のすり合わせをするとのことだ。
スフィーダもついていくことに決めた。
これまでにもたびたびあった通り「陛下は結構です」と言われたのだが、話を聞くくらいならバチは当たらないと反論した次第だ。
四方を白い壁に囲まれた小さな会議室で、どちらかというと冴えない男が待っていた。
四角い眼鏡をかけており、少し額が後退気味の彼が、ティームそのヒトである。
ティームはスフィーダ、それからヨシュアにきちっと立礼した。
当然の礼儀とはいえ、生真面目さを感じさせる振る舞いだ。
三人して、それぞれ席につく。
スフィーダの左隣にはヨシュア、正面にはティーム。
ティームがまず「陛下」と呼び掛けてきた。
「ご出席の意図をお聞かせいただいても?」
「どういったことについて意識合わせをするのか、その点に興味がある。無論、話を聞くだけじゃ。余計なツッコミを入れたりはせん」
「わかりました。ぜひ、情報を共有いたしましょう」
「うむ。そうさせてくれ」
一つコホンと咳払いをしたティーム。
「現在、大まかに分けると、軍は三つの案件に対応しています。西海のカナデ王国への支援、北のグスタフの監視、それに南東のハイペリオンに関する警備ですね。日々、任務をこなす兵のみなさんには頭が下がる思いです。彼らの身の安全を図るためにも、今後とも、我々は積極的に情報収集を繰り返していく所存です。情報は生き物であり、鮮度が命ですから」
ヨシュアが「現状には一点、大きな懸念事項があります」と話し出した。
「確率が高いとは考えませんが、曙光が今、百年水道を渡ってくるようであれば、厄介極まりないんです。すべての兵を結集させての迎撃が不可能なのですから。ならば、せめてカナデへの援軍については見送ればよかったのではないかという議論にもつながりかねないわけですが、我が国のスタンスを重視すると、無下に断ることはできなかった」
「さすがにそれくらいは、わしにだってわかるぞ?」
「では、どうすれば現状を少しでも改善できるのか」
「ぱっとは思い浮かばんが……」
「効果的な手段があります」
「そうなのか?」
「はい。カナデにおける戦、その元を断ってしまえばいい」
「元を断つ? ということは……」
「スピード感をもって、イェンファを攻め取ってしまおうということです。そうすれば、重荷となりかねないファクターが、一つ消滅します」
重荷となりかねないファクターが、一つ消滅する。
結構、過激な発言であるように、スフィーダには思えた。
だから、「それはいささか飛躍しすぎではないか?」と発言した次第である。
「かの国のやり方は蛮族のそれでしかない。陛下、いずれ事をかまえることになるのであれば、こちらから積極的に動くのもアリかと存じます」
「しかしヨシュアよ、ミチル・ハガネ首相は理知的な女に見えたが……」
「それも怪しいものです」
「しかしじゃな」
「陛下、ご理解くださいませ。やる必要がある場合もあるんですよ」
「む、むぅ……」
「セラー首相をはじめとする我が国の首脳も同様の考えを抱いているはずです。その点は確認するまでもありません」
ティームは「そういうことです」と言いつつ立ち上がり、「では、私はこれにて失礼いたします」と会議室をあとにした。
用だけ済ませたらとっとと引き揚げるあたりに、彼の多忙さが窺えた。
「イェンファを攻撃するとして、どのくらいの規模の兵を出すのじゃ?」
「そこはこれから検討します」
「おまえやティームの言うことはわかる。じゃがのぅ……」
「かえすがえすになりますが、我が国、ひいてはわが国民を守るためには必要な措置でございます。ご理解くださいませ」
「先方から和平交渉を持ち掛けられた場合は?」
「応じるとしても、強硬的な姿勢で臨むことになります」
「無情じゃな」
「慈悲は相手を選ぶものであり、また無限でもありません」
「わしには早期の終戦を祈ることくらいしかできんな……」
「それでじゅうぶんでございますよ」
「ヨシュアよ、おまえをはじめとする軍の働きに期待する」
「承知いたしました」
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五日後。
急ぎ国会で承認され、イェンファに対する攻撃が決定した。
やるぞという方向で話がまとまったのだ。
戦力的には圧倒していることから、長い戦争にはならない。
ヨシュアはそう断言したのだった。
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イェンファへの派兵から二日。
イェンファはカナデから兵を引いた。
自国の防衛に徹するしかなくなったのだ。
賢明な判断と言える。
帰るところがなくなってしまっては、元も子もないのだから。




