第127話 カール・シュナイダーからのお願い。
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ことのほか細い体躯。
ご自慢の口ひげ。
年はそれなりに食っているのが、カール・シュナイダー中将である。
同じ中将のリンドブルム・ヴァゴはどちらかと言えば気性が荒く、ウィンストン・ローゼンバーグはグイグイと押しが強い。
カールは大人しい性格だ。
冷静な人物とも言える。
そんなカールに、会議室に来てほしいと言われた。
呼ばれたのはスフィーダとヨシュアだ。
ヨシュアは上役なのでまだわかる。
しかし、自分を招くのはどうしてなのか。
スフィーダ、そのへんを疑問に思いながら、夕方、会議室に入った。
すでにカールが石製の白い椅子に腰かけていた。
ヨシュアとスフィーダの顔を見るなり、腰を上げて慇懃に頭を垂れる。
彼女は「よいよい。どうか肩の力を抜いてくれ」と笑い、彼に席につくよう促した。
短い「はっ」という返事が返ってきた。
非常に生真面目な男なのである。
スフィーダの向かいにはカール、左隣にはヨシュア。
カールが「お忙しいところを申し訳ございません」と謝意を述べた。
だからスフィーダはまた「よいよい」と言って微笑した。
「して、何用じゃ? そなたからの呼び出しなど、珍しいのじゃ。また息子を将軍にしろとか、そんな話か?」
「また? 息子を将軍にしろ? 陛下、どういうことですかな?」
「先日、ウィンストンがテオの奴を連れて、そのようなことを願い出てきたのじゃ」
「そういうことでございましたか。相変わらず、奴は無茶を言いますな。しかし陛下、ウィンストンはけっして悪い男ではないのです。そこのところは、どうかご理解いただきたい」
「わかっておる」
カールとウィンストンは古くからの知り合いだ。
士官学校時代からの友人だと聞く。
のちの中将を二人も輩出したわけだ。
当たり年と言えるのではないか。
「では、本題を聞かせてほしいのじゃ」
「承知いたしました」
そう答えると、カールは「ずいぶんと考えましたが、私ももう六十でございます」と切り出した。
「それがどうかしたか?」
「そろそろ退役を考えているのです」
寂しい意向だ。
スフィーダは「そうなのか……」と、つぶやき、若干ではあるが俯いた。
するとカールは「念のため、陛下にもお伝えしたかったのでございます」と言い、「お呼び立てして、申し訳ありません」と続けた。
「そなたの律儀なところ、わしは好きじゃぞ」
「もったいなきお言葉」
「心残りのようなものはないのか?」
「ございません。多大な責任をともなう仕事ではありましたが、中将には中将にしか見えない景色があり、そこに私はやりがいと生きがいを感じておりました。しかし、その役目を、そろそろ後進に譲りたいのでございます」
ヨシュアが「それは困りますね」と、きっぱり発した。
「カール・シュナイダー中将。貴方を慕い、貴方のもとで戦いたいという兵は多くいます。今、辞めてしまわれると、正直、痛い」
「なに。後釜などすぐに見つかることしょう。組織とはそういうものです」
「貴方の穴は貴方でしか埋まらないと言っています」
「ヴィノー閣下の統率力があれば、なにも問題などないのではありませんかな?」
スフィーダが「一つ、よいか?」と挙手すると、二人の「どうぞ」が重なった。
「カールよ、そなたがいなくなってしまったら、わしはスゴく悲しい」
「またもや身に余るお言葉ではございますが、感情に振り回されていてはしっかりとした仕事などできませんぞ」
「それでもよい。それでもいてほしいのじゃ」
カールはやれやれとでも言わんばかりに、首を横に振った。
「ヴィノー閣下は辞めないでほしいとおっしゃる。陛下は悲しいとおっしゃる。お二人は、私になにを見ていらっしゃるのか」
間髪入れずにスフィーダは「優しさじゃ」と答えた。
ヨシュアに至っては「父のような包容力です」とまで言った。
「お二人にそのように思われているとは、考えもしませんでしたな」
「もう少しでよい。できる限りのことをやってくれ。ヨシュアにだって手の回らぬことはあるじゃろう。その際は支えてやってほしい。そなたならそれができるはずじゃ。これまでもそうしてきたはずじゃ」
カールは深い吐息をついた。
「まさに殺し文句ですな。そこまで言われてしまっては、続けるより他ない」
「おぉ。わかってくれたか」
「言いたいことを口に出してしまう同格が二人もいるのです。そのあいだに入って、彼らがしばしば繰り広げるいさかいを収める。それは後輩にはちとキツいことかもしれませんな」
「そうじゃ、そうじゃ。その通りじゃぞ」
「では、今しばらく、お世話になることにいたします」
スフィーダは笑みを浮かべながら、「世話になるのはこちらのほうじゃ」と伝えた。
「ヴィノー閣下。お気づきですか? ウィンストンは気が小さいところがある一方で、ときどき、閣下に横柄な態度をとることがございましょう?」
「しばしば、嫌われているようには感じますね」
「誤解なさらないでいただきたい」
「誤解?」
「はい。ウィンストンはヴィノー閣下の力量を認めている。それは間違いありません。だからこそ、嫉妬心を覚えているのでございます。それだけのことなのでございます」
「ご心配は無用です。どう思われていようが、私はウィンストン中将を邪険にしたりはしませんから」
「ありがとうございます」
「貴方が礼を述べることでもないと思いますが」
ヨシュアが腰を上げると、カールも立ち上がった。
二人はがっちりと握手を交わす。
「なにかの折には指示を出します」
「重用していただけることに感謝を申し上げます」
「時折、丸投げすることもあるかもしれません」
「丸投げですか。しかし、私はそういうのが好きでしてな」
「やはり貴方は立派です。カール・シュナイダー中将」
「貴方ほどでありませんよ、ヨシュア・ヴィノー閣下殿」




