第12話 痴漢被害に遭った女子。
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近衛兵に挟まれ歩んでくる女は、目元にハンカチを当て、しくしく泣いている。
見たところ、若い。
少女を脱したくらいといったところだろう。
女は泣くことで手一杯なのか、所定の位置に達しても跪くことはしない。
どうあれ礼を尽くさないわけだ。
近衛兵がむっと気色ばむ。
しかし、スフィーダは「よい」と言った。
二人の兵はただちに女から距離をとり、脇に退いた。
「まずは名前を聞かせてもらおうかのぅ」
「……ですか」
「ん?」
「名前なんてどうだっていいじゃないですか!」
女が顔を上げていきなり大声を出したので、スフィーダ、びっくり。
思わず身を引き、両手を上げてしまった。
「あ、あいわかった。名前はよしとしよう。で、なにがあったのじゃ? どうして、泣いておるのじゃ?」
「昨日、痴漢に遭ったんです」
「ち、痴漢?」
「夜、街を歩いていたら、いきなり男が現れて、コートの前を開けたんです。そしたら、裸だったんです」
それは確かに変態の所業であろうが、それでもスフィーダにはその男が痴漢なのかどうかはわからない。
世事に疎いせいである。
「それが痴漢なのか?」
「痴漢に決まってるじゃないですか!」
「い、いちいち声を荒らげるでない」
「うら若き乙女の前であんなことをするなんて、信じられません!」
おぉぅ、自らをうら若き乙女と言うのかと、感心したくもなるというものだ。
「じゃが、実害はなかったのじゃろう?」
「ありますよ!」
「あるのか?」
「私、処女なんです」
「む、むぅ、そうなのか。して?」
「とにかくショックを受けてるんです。こんなんじゃあ、とてもじゃないですけれど、男のヒトに抱かれてやろうだなんて思えません」
「抱いて抱かれてだけが、男女の仲ではないじゃろう?」
「セックスは大事なんです!」
女が言葉を選ぶことなく言ってくるので、スフィーダ、なんだか恥ずかしくなってきた。
実際、少々、頬が熱い。
「陛下だって処女ですよね?」
「そ、そうじゃが、それがどうかしたか?」
「二千年以上も生きてきて処女とか、むなしくありませんか?」
「む、むなしくはないぞ?」
「嘘です、そんなの」
「い、いや、本当にむなしくはないのじゃぞ?」
「あーあぁ、セックスできない女王陛下って、本当にかわいそー」
「話が逸れておると思うのじゃが……」
「あー、かわいそー、かわいそー、ホントにかわいそー」
「む、むぅ……」
隣からクスクスと笑うのが聞こえてきた。
ヨシュアからしたら、面白おかしい事案らしい。
それにしても、なぜこのような女を謁見者として選んだのか。
恐らくだが、なんとなく楽しいことになりそうだからとか、そんな理由ではないのか。
まったく、意地が悪いというかなんというか……。
「そもそも、その痴漢がそんな真似をしたのは、なんの目的があってのことなんじゃろうか」
「決まってるじゃありませんか。その行為で興奮するんです。はあはあするんです」
「や、やはり、はあはあするのか」
「そうです。はあはあするんです」
スフィーダ、いよいよ、本当に恥ずかしくなってきた。
「で、でじゃ。いったい、そなたはわしになにをしろと言うのじゃ?」
「痴漢を捕まえてください。なんだったら、殺してやってください」
「捕まえるのは警察の仕事じゃろう? というか、殺すというのは、いくらなんでもやりすぎではないか?」
「いいんです。あんな奴、死んだほうがいいんです。ところで、ヴィノー様」
「なんですか?」
「ちょっとこちらにいらしてください」
ヨシュアは素直に言うことを聞いて、階段を下りた。
そしたら、女は彼に勢いよく抱きついたのだった。
「抱いてください。私をメチャクチャにしてください。ヴィノー様、いえ、ヨシュア様!」
とてもではないが、男に抱かれてやろうとは思えないのではなかったのか……。
まったくもって、本当にとんでもない女子が来たものである……。