第118話 牢の中の彼の近況。
◆◆◆
大浴場。
スフィーダは足を伸ばして風呂に浸かっている。
そのうち、体を洗い終えたヴァレリアが近づいてきた。
著しく豊満な乳房。
見事にくびれたウエスト。
非常に肉感的な太もも、長い脚。
ただ、左の肩から右の脇腹にかけて、深い溝のような傷痕が走っていて……。
ヴァレリアも湯船に入り、スフィーダと並ぶ。
二人以外、誰もいない。
「朝方、少佐と面会してきました」
ヴァレリアが言った。
スフィーダは彼女のほうへと顔を向ける。
「どうしておった?」
「少し痩せました。刑務官に訊いたところ、あまり食事をとっていないそうです」
「もはや、気に病むことなど、なにもないはずじゃろうに……」
「やはり、私にケガをさせてしまったとお考えなのでしょうね。それと、今になって、ハイペリオンの兵を多く殺めたことを後悔しているのかもしれません」
「体に触れて心を読んだわけではないのじゃな?」
「私の目を見つめるだけで、壁を背負ったまま、動こうとはされませんでしたから」
「まったく、難儀な男じゃ。部隊の者はなんと言っておる?」
「不平不満を口にする者などおりません。我が部隊には、強い肉体と精神力とを併せ持つニンゲンしかおりませんので」
「じゃが、内心では」
「もちろんです。みな、少佐の早期復帰を望んでいることは間違いありません。そもそも、復帰していただかないことには配備もされないようでございます」
「ヨシュアが、そう?」
「はい」
両手で湯をすくい、顔を洗ったスフィーダ。
彼女の口からは吐息が漏れた。
「ほんに不器用な男じゃ。不自由な男とも言える」
「なにせ繊細な御方でございますから」
「じゃから、そなたのような支えが要る」
「それはご自分にはできない役割だと?」
「そのように思う」
「まあ、私からすれば、少佐はかわいらしくも映りますが」
「そなたのほうが、年上じゃったな?」
「二つ上です。最初は弟のように思えたものです」
「恋心を抱くようになったのは、いつ頃からだったのじゃ?」
「厳密に言うと、今あるのも恋心ではないのかもしれません。ただひたすらに、自分にとって欠かせない存在であるというだけであって」
「そう言われてみると、わしにとってもそんな感じなのかもしれんのぅ」
「独占したい気持ちは、少しございます」
「それはわしもじゃ」
前を向いたまま、微笑してみせたヴァレリア。
「少佐と出会い、私は変わりました」
「どう変わったのじゃ?」
「ヒトに優しく接することができるようになりました。あと」
「あと?」
「性欲が旺盛になりました」
「そ、そうなのか?」
「はい。ここ最近も、少佐に乱暴していただきたくて、うずうずしています」
「ららっ、乱暴はいかんじゃろう」
「乱暴なくらいが、ちょうどよいのでございます。ものみたいに扱われるのが、たまらないのでございます」
「よ、よせ、それ以上は。いろいろと考えをめぐらせてしまう」
スフィーダは俯き目を閉じ、両のこめかみにそれぞれ人差し指を当てた。
そうすることで、頭の中で渦巻き始めたイケナイ想像を、なんとか鎮圧した次第である。
◆◆◆
スフィーダ、ヨシュアにわがままを言った。
フォトンに会わせてほしいとお願いしたのだ。
結果、深夜ならよいということで、面会させてもらうに至った。
明かり取りしかない牢の中で、フォトンは片膝を立てて座っていた。
その目が開く。
相変わらずの、飢えた狼のように鋭い目。
確かに、痩せた。
すっかり削げてしまった頬が、不健康な印象を与える。
「いかんぞ、フォトン。しっかりと食べないのはいかん」
ほんの少しだけ目を細くしたフォトン。
疲れているようにも見える。
スフィーダは腰を下ろし、膝を抱えた。
「どうせ眠るつもりはないのじゃろう? ならばわしが朝まで付き合ってやる」
すると、すっくと立ち上がったフォトンが近づいてきて。
彼はすぐそこで、片膝をついて。
なんのつもりだろうと思い、スフィーダも腰を上げる。
一歩、踏み出す。
格子を挟んで、見つめ合う。
そのうち、フォトンの大きな大きな手が、スフィーダの頭にのせられた。
彼女はくしゃくしゃと頭を撫でられた。
多分そうだろうと予想して「早く戻って寝ろ。そう言いたいのか?」と訊いた。
やっぱり、大きな頷きが返ってきた。
「じゃったら、食事はきちんととると約束しろ」
今度は、小さな頷き。
「なんでもかんでも背負い込みすぎるな。自分を正当化できないのはやむを得ん。じゃが、自分を否定するような真似はするな。そんなことをしても、誰も喜ばんし、誰も救われん」
大きく俯いたフォトンの頭のてっぺんに、スフィーダは「おりゃっ」と気合いのチョップを浴びせた。
「元気を出せ。周囲の者を心配させるな。前を向いて生きよ。以上じゃ」
そう締めくくって、その場を去る。
後ろ髪を引かれる思いは大いあったが、振り返りはしない。
男が、戦士が、弱い姿なんて見せるな。
その旨、むしょうに伝えたかった。
刺さったことだろうと思う。




