第117話 メチャクチャな男。
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玉座の間。
謁見の場。
十七歳の少女。
名はタチアナ。
彼女の恋のお相手は、自らが通う高校の理科の教師らしい。
その男の名はヤンケといい、年齢は三十七歳だという。
「大好きなんです」
タチアナは、はにかむ。
「ヤンケ先生のことが、好きで好きでたまらないんです」
タチアナは頬を染める。
だからスフィーダ、つい表情を柔らかくしてしまう。
だって、微笑ましいではないか。
「スフィーダ様、おっしゃってください。がんばれって、背中を押してください」
そういうことなら大歓迎だ。
「がんばるのじゃ! うまくゆくと祈っておるぞ!」
明るい声で「ありがとうございます!」という返事があった。
生徒と教師が愛し合ったっていいだろう。
◆◆◆
三日後。
謁見の場。
十七歳の少女。
名はリズ。
彼女はろくにまばたきもせず、顔をこわばらせている。
「なんの用で参ったのじゃ?」
するとリズは睨みつけるような目を寄越してきて。
「三日前、タチアナという女子高生が訪ねてきませんでしたか?」
「来たぞ。そなたと同じ制服じゃったの」
「同級生同士でしたから」
「でした? なぜ過去形なのじゃ?」
「彼女の遺体が見つかったんです」
背を冷たいものが滑り落ちた。
「ど、どこでじゃ?」
「街の路地裏のごみ捨て場です」
「殺人か?」
「はい。ここに警察のヒトは来ましたか?」
「来ておらんが……」
「タチアナと最後に話をしたのは、スフィーダ様なんです。私が知っている限りでは、そうなんです」
「そ、それで?」
「彼女、なにか言ってませんでしたか? なにかしようとしていませんでしたか?」
「恐らくじゃが、ヤンケという教師に恋心を伝えに向かったのじゃと思う」
「やっぱり……」
リズが唇を噛んだ。
悔しげだ。
「やっぱりとは、どういうことじゃ?」
「タチアナは初恋で、そのせいか盲目的で、だから突っ走ってしまったわけですけれど、ヤンケ先生の容疑、私は晴れていないと思っています」
「容疑?」
「タチアナと同じです。自分に告白してきた女子生徒を殺害した容疑です」
「いつの話じゃ?」
「半年ほど前です」
「その女子生徒とタチアナの遺体に、共通点みたいなものはあるのか?」
「首を切断されていたそうです。しかも、驚くほど綺麗に。どんな刃物使っても無理だろうというのが、警察の公式な見解です」
「どんな刃物使っても無理、か。ということは」
「きっと魔法ですよね?」
「うむ。その可能性は高いじゃろうな。実際、ヤンケとやらは使えるのか?」
「使えます。実験で火を扱うときは、いつも使います」
「そこまでわかっているのに、捕まえられんのか」
「それ以上のことはできないって言われたら、警察だってどうしようもありませんよね?」
「確かに、そうじゃな。ヤンケはもう取り調べからは解放されたのか?」
「まだ続いています。でも、きっとなにも証拠なんて……。半年前も、そうだったんですから……」
「して、つまるところ、リズはわしになにが言いたいのじゃ?」
「お願いがあります」
「申してみよ」
「なんとかして、ヤンケ先生から自白を引き出していただけませんか?」
「わしになら、それができると?」
「可能性の問題です」
「ふむ。なるほどの」
「お願いします」
リズと頭を下げ、顔を上げた。
じっと見つめてくる。
強い目ができる少女なのだなと、感心させられた。
◆◆◆
ひょろりと背の高い男は、前傾姿勢で突進してきたのだった。
途中、男は左手に発生させた火の玉を、スフィーダ目掛けて放り投げた。
彼女は玉座の肘掛けに頬杖をついたまま、薄紫のバリアでそれを遮断した。
お返しとでも言わんばかりに、ヨシュアが右手を前に出し、光の矢を幾本も飛ばす。
男はバリアでシャットアウトする。
後方から双子の近衛兵に氷の刃を飛ばされても、それすら防御してみせた。
なかなかやる。
感覚が優れているのだろう。
だから、周囲がよく見えているように映るのだ。
今度はヨシュア、左手で黄金色に輝く光の槍を投擲した。
太く長いそれを防ぎ切ることは、さすがに不可能だった。
男は胸の真ん中にぐさりと刃を受けた。
槍が粒子となって飛散、消滅すると、男はどっと仰向けに倒れたのだった。
ヨシュアが双子に向けて「確認を」と言った。
片膝をつき、男の状態を確かめた兄のニックスが、首を横に振ってみせた。
やはり、すでに事切れているようだ。
眉をひそめるスフィーダ。
彼女はヨシュアに「ヤンケなのか?」と訊いた。
「間違いないはずです」
「いったい、なにを目的にこのような真似を……」
◆◆◆
のちの日の昼食後。
紅茶を楽しみながら。
テーブルを挟んで向かい合っているヨシュアから、警察がヤンケの遺体を改めた旨を聞かされた。
ヤンケの背中には、大きな逆十字の刺青が彫られていたらしい。
逆十字。
女王制を否定するサドラー教のシンボルだ。
以前、教祖のアーロンはしょっぴく運びとなったが、信者はまだいるということなのだろう。
「あの魔法の達者さからすると、タチアナともう一人の女子を殺したのは、ヤンケということで間違いなさそうじゃな」
「そう思われます。鋭い刃物に勝る切れ味を誇る、魔法を根とした物質。それを作り出したのでございましょう」
女子高生二人を殺害しておきながら、女王の命も狙う。
ある意味、豪気な話ではないか。
「さらに彼にはスパイ嫌疑もかかっています。警察いわく、このたびようやくその尻尾を掴んだそうです」
「どこのスパイなのじゃ?」
「どうやら、グスタフと通じていたようなのでございます」
スフィーダはなかば呆れ、テーブルに頬杖をつきつつ鼻から息を漏らした。
「ほんにメチャクチャな男じゃのぅ」
「ええ。特殊な人物であったことは間違いありません」
「今さらグスタフに情報を流してなんとするのか」
「わかりません。わかりませんが、かの国が目の上のこぶであることだけは確かです」
「取り潰す取り潰さんの議論がいつ盛り上がっても、おかしくはないということか」
「はい」
「悲しい話じゃ。むなしくもある」
「目下は、不幸に見舞われた二人の少女の死を悼むべきかと考えます」
「それはそうじゃ。その通りじゃ。かといって、いったいなにができるのか」
「祈りましょう。その魂が天国に召されることを」




