第116話 ヨシュアが男を罵倒しまくるだけの話。
◆◆◆
とても艶やかな長い金髪を持つ、すらりと背の高い男だ。
金糸の刺繍が入った緑色の上着、下は白い絹のキュロット。
まさに貴族の正装である。
やがて男は足を止め、赤絨毯の上に片膝をついた。
面を上げるように言い、それから名を訊ねた「マクレーンと申します」と返ってきた。
非常に端正な顔立ちだ。
年齢は二十代なかばくらいだろうか。
さあ、なにを切り出してくるのかと思っていると、なんとまあマクレーンと来たら「私を陛下の最側近にしていただきたく参上しました」と述べたのだった。
なかなか思い切ったことを言ってくれる男だ。
「マクレーンよ、そなたの今の職はなんじゃ?」
「軍属です。准将でございます」
「ほぅ。若くしてなかなかの地位じゃのぅ」
「恐れ入ります」
「さて、最側近の任命権は誰にあるか知っておるか?」
「もちろんです。陛下でございます」
「そうじゃ。しかし、今は募集しとらんぞ。面接も承っておらんのじゃ」
「ですから、直接、お願いに参った次第です」
マクレーンは「そもそもヴィノー閣下は大将職です」と言い、「そのようなお立場にある方が、陛下の最側近などという大切な役割を、満足にこなせるのでしょうか?」と疑問を呈した。
「それを言ったら、そなただって准将ではないか。それなりに忙しいのじゃろう?」
「私なら両立できます。それだけのキャパがこざいますので」
「しかし現状、わしはヨシュアがいてくれることで満足しておる」
スフィーダは玉座のかたわらにいるヨシュアを見上げた。
彼は腕を組んで目を閉じている。
話を聞いていないわけではないと思われるが……。
「まあ、そういうわけじゃ。なにも問題はないのじゃ」
するとマクレーンは口元に笑みを浮かべた。
ちょっと卑屈そうに映る笑みである。
だからスフィーダ、彼の評価を改めた。
ひょっとすると嫌いなタイプの男かもしれない、と。
「今は満足かもしれない。しかし私なら、もっと大きな満足感を陛下にもたらすことができます」
「自分のほうがヨシュアよりも優秀だというのか?」
「はい。他者にちやほやされすぎた結果、ヴィノー閣下はご自分を過大評価するようになってしまわれたのです」
スフィーダ、今一度ヨシュアを見る。
彼はゆっくりと目を開けると「どのあたり過大評価だと?」と問い掛けた。
「今一度、申し上げましょう。私なら貴方よりうまく立ち回ることができる。もっと言ってしまえば、私こそが軍の大将となり、さらには陛下に仕えるべきだ」
「質問に対する回答になっていませんね」
「早く貴方の地位を空席にしていただきたい。私のほうが優秀なのだから。ポストさえ譲ってもらえれば、私は必ず貴方以上の働きをする。することができる」
ヨシュアは鼻から息をもらし、ゆるゆると首を横に振った。
「よくしゃべりますね。ええ。まったくよくしゃべる。まさか、貴方のような人物が現れるとは思いもしませんでしたよ」
「私のことが気に入らないようであれば、戦闘で決着をつけましょうか。そうすることも、やぶさかではありません」
「やりませんよ。向こう見ずな阿呆のことなど捨て置きます」
「聞き捨てなりませんね。なにを根拠にそうおっしゃるのですか?」
「弱い犬ほどなんとやらです。やり合えば死にますよ?」
「やはり貴方はご自分を適切に評価できていない。私を殺す? できっこありません。まあ、言うだけならただですから、これ以上は申しませんが」
「自意識過剰な男性は本当に嫌いなんですよ。早急にお帰り願えませんか?」
「聞き入れるわけにはいきません」
スフィーダはあまりに殺伐とした空気に耐えかねて、「ふ、二人とも、ちょっと落ち着くのじゃ」と割り込んだ。
だがしかし、マクレーンは「ヴィノー閣下、やりましょう。そうしたほうが話は早い」と煽る煽る。
「大将職に就きたい理由はわかりました。陛下の最側近になりたいのはどうしてですか?」
「私ほど陛下を愛しているニンゲンは、いるはずがない」
「なるほど。わかりました。もういいでしょう? 退きなさい」
「ですから、お断りします」
「いい加減、ウザくなってきました。愚者は立ち去りなさい」
「先ほどから閣下は無礼なことばかりを言っている。器が小さいことですね」
「小さくてかまいませんから、馬鹿は帰りなさい」
「小さいことはお認めになるんですね?」
「なんでもいいから、阿呆は帰りなさい」
「どうしてそこまで私を邪険にされるのか」
「身のほどを知らない輩とは、話をする価値すらないからです」
「陛下。ここまで品のない暴言を吐くニンゲンが最側近でよろしいのでございますか?」
よいかよくないかはともかくとして、ここまでヒトに冷たく接するヨシュアを見るのは初めてである。
先ほどから言葉に出している通り、マクレーンのことがよっぽど気に食わないのだろう。
「馬鹿で阿呆なマクレーン准将、さっさと引き揚げなさい。これ以上まとわりつくようなら処分します」
「強権を振るうなどゆるされません。人望だって、一気に失うことになる」
「大将職と最側近。プライオリティはどちらが上なんですか?」
「同等です」
「大将職は望まれたから務めています。最側近は望んで務めています」
「それがどうかなさいましたか?」
ヨシュアが「陛下」と呼び掛けてきた。
険悪な雰囲気の中、スフィーダは「な、なんじゃ?」と返した。
「玉座からおりていただけますか?」
「なにをするつもりじゃ?」
「言うことを聞いてください」
「うっ……わかった」
スフィーダは立ち上がる。
有無を言わせないヨシュアの迫力にビビってしまったのだ。
そして、次の瞬間、スフィーダの口からは「ひゃっ」と短い悲鳴が漏れた。
ヨシュアに抱き上げられたからだ。
さらには……。
その光景を目の当たりにしたマクレーンは、「なっ!」と声を上げた。
ヨシュアってば、あろうことか、スフィーダの頬にキスをしたのだ。
スフィーダは「こ、これ。なにをするか」とヨシュアを叱った。
頬にとはいえ、人前でキスをされるなんて初めてのことだ。
「私は好きで今の立場にあると言いました。誰にも譲るつもりはありません」
「だ、だからといって、貴方は陛下になんという真似を!」
「陛下、お嫌でございましたか?」
「いっ、嫌ではないぞ。かなり恥ずかしかったが……」
スフィーダ、実はいい思いができたような気すらしている。
「もうこれ以上、馬鹿だの阿呆だの言われたくなければ、とっとと帰りなさい、マクレーン准将。最初から、貴方の出る幕なんてないんですよ」
「ぐっ、ぐっ……」
マクレーンは片膝をついた姿勢から立ち上がると、俯いたまま身を翻し、去っていった。
不本意な撤退だろうし、それ以前にメチャクチャ悔しいことだろう。
ヨシュアはまだ抱っこをやめてくれない。
それどころか、もう一度、頬にキスを浴びせられた。
「こ、これ、もうよさんかヨシュア」
「陛下の肌はすべすべでございますね」
そう言われると、もう赤面するしかなかった。




