第114話 間食をやめられない妻。
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かなり痩せた男とかなり太った女が、玉座の間に現れた。
見た感じ、揃ってまだ三十路くらいだろうと思われる。
二人してお辞儀をすると、スフィーダのゆるしに従って椅子に腰掛けた。
早速スフィーダ、「まずは名前を聞かせてもらってもよいか?」と訊ねた。
「私はチャック、妻はサラと申します」
「ほぉほぉ。夫婦なのじゃな」
まあ、はなからそんなふうに映っていたのだが。
「して、何用じゃ?」
「用事といいますか、スフィーダ様にお会いしたかったのでございます。謁見の機会など、そうそうないことでしょうから」
「会いに来てくれてありがとうと言っておくのじゃ」
とんでもありませんと言うと、チャックはサラのほうに顔を向けた。
すると彼女はそっぽを向いた。
夫から顔を背ける。
そこにある意図はなんだろう。
「お会いしたかったというのは本当です。でも、もう一つ、理由がありまして……」
「それはなんじゃ?」
「申し上げていいですか?」
「よいぞ。なんでもどんと来いなのじゃ」
「ではその……妻が太るのが止まらないんです……」
「その旨、相談したいと?」
「いけませんか?」
「そんなことはないぞ。でき得る限り、力になろう」
「ありがとうございます」
スフィーダとチャックがそんな会話をしている最中も、サラはそっぽを向いたままである。
悪びれる様子はまるでない。
「なぜ歯止めがきかないのじゃ?」
「恐らくですけれど、間食をやめられないせいかと……」
「それは確かに太る要因になってしまいそうじゃのぅ」
ここに来て、初めてサラが口を利いた。
彼女は「うるさいよ、アンタ」と言い、「こんなこと、スフィーダ様に関係ないじゃないか」と続けた。
強気だ。
非常に気が強い女だ。
「じゃが、そんな生活を続けていては、いつか体を壊してしまうぞ? 食事は三食に留めるのが理想的じゃ」
「そんなの嫌です」
「なぜじゃ?」
サラがようやくスフィーダのほうを向いた。
「お菓子がおいしいからに決まっているじゃありませんか」
「し、しかしじゃな」
「満足いくまでお菓子を食べられれば、早死にしたっていいんです」
「そんなことになってしまったら、夫が不幸になるだけではないか。チャック、そうじゃろう?」
「はい。なんだかんだ言っても、大切な妻ですので……」
「サラよ、夫はここまで言ってくれておるぞ? それでもやめられぬのか?」
「スフィーダ様もしつこいですね」
「しつこくもなる」
「もう放っておいてください」
「相談された以上は、話をよい方向に持っていきたいのじゃ。わかってくれぬか?」
「無理です」
「む、むぅ、取りつく島がないとはこのことじゃな。ならば、もはや仕方あるまい」
「なにが仕方ないっていうんですか? お菓子を食べ続けてもいいとおっしゃっるんですか?」
「そんなわけないじゃろうが。のぅ、チャックよ」
「は、はい」
「率直に申すぞ。どれだけ大切に思っていても、サラとは別れるべきじゃ」
するとサラは眉間にしわを寄せて「はあ?」と発した。
チャックはチャックでびっくりしたような顔。
「そなたは男前じゃ。その気になれば、新しい妻などすぐに見つかることじゃろう」
「で、ですが、私にそのつもりは――」
「いいや。離婚したほうがよい。サラはわがまますぎる」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
サラが会話に入ってきた。
「そんなことされたら、私、困りますよ」
「どう困るのじゃ?」
「私は旦那に養われて当然なんです。夫婦なんですから」
「それはあまりに乱暴で無責任な物言いじゃ。夫に与えてもらうばかりで、そなたはなにも与えておらんではないか」
「どうしてスフィーダ様にそこまで言われなくちゃならないんですか」
「言いたくもなる。チャックがあまりにも不憫に思えるからの」
「不憫?」
「そう。不憫じゃ」
「わ、わかりましたよ。やめますよ。すぐには無理かもしれないけど……」
「おぉっ。折れてくれるのか?」
「だって、しょうがないじゃないですか。結婚した手前、私は不憫だとは思いませんけれど……」
そしたら、チャックは「本当かい?」とサラに問い掛けた。
「まあ、それこそなんだかんだ言っても、私だってアンタのこと、嫌いじゃないからね」
「そうか。そうかい……」
チャックは右腕を目に当て、感涙だろう、泣き始めた。
サラはそんな夫の頭をぱしっと叩くと、「……悪かったよ」と述べた。
なんとも美しい夫婦愛ではないか。
悪妻など、世の中にはそうそういないのだろう。
「スフィーダ様に好き勝手言われて、私、悔しいです」
「その悔しさをバネにして、ダイエットをがんばるのじゃ」
「はいはい、わかりましたよ。ホント、仕方ないなあ」
「そなたは痩せたら美人じゃと思うぞ?」
「おべっかは結構です」
サラは礼をせず、チャックは深々と礼をしてから立ち去った。
ヨシュアが言う。
「二人に子はいないのでございましょうね」
「うむ。おったら早死にしてもいいなどとは、口が裂けても言えんじゃろうからの」
「今後、しっかりとした幸福を掴めるとよいですね」
「まったくじゃ」




