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第110話 吸血鬼と翼竜は逃げ出した。

       ◆◆◆


 夜。

 両脚を水に浸け、プールサイドで休憩していたときのこと。


 一キロメートルほど先の空中に、飴色の筒が二つ現れるのを見た。

 一つはヒトを一人包み込むくらいのサイズ、もう一つはそれよりずっと大きい。


 それぞれの筒の中から飛び上がったのは、イーヴルとドル・レッドだった。


 イーヴル。

 青肌の吸血鬼だ。

 小柄な少年のような風貌。

 赤い魔法衣をまとっている。


 ドル・レッド。

 赤肌の翼竜だ。

 でっぷりとした体躯で、身の丈は三メートルほど。

 大きな翼をばっさばっさと動かし、近づいてくる。


 奴らの狙いは自分の首。


 その旨を知るスフィーダは、すっくと立ち上がる。

 すると、後ろからヨシュアが近づいてきた。


「陛下、お戻りになりますか?」

「否、違う。一キロメートルほど先に、イーヴルとドル・レッドが現れよった」

「一キロメートルも先ですか。陛下の視力はさすがでございますね」

「世辞はよい。向かうぞ」

「かしこまりました」


 月光が淡く夜を照らす中、ヨシュアを従え空を飛ぶ。

 しかし、スフィーダらより早く、敵とコンタクトしようとする者が現れた。

 二人のニンゲンが地上から勢いよく飛翔してきたのだ。

 だぼっとした黒い魔法衣をまとったピット・ギリーと、タイトな黒い軍服に身を包んだミカエラ・ソラリスに違いなかった。

 彼らは首都防衛隊に身を置く軍人である。


 敵の突然の襲来に対応できたのは、首都防衛隊が城の周囲を二十四時間三百六十五日、監視しているからだろう。

 ピットとミカエラがちょうど担当を務めている時間帯だったということだろう。


 勢い込んで飛び出してきたのはわかる。

 なぜならピットはイーヴルを、ミカエラはドル・レッドを強烈にライバル視しているからだ。


 イーヴルとドル・レッドが前回現れてから、ずいぶんと時間が経っている。

 ピットとミカエラからすれば、待ちかねたといったところではないか。


 百メートルほどの距離をおいて、二対二で対峙する。


 スフィーダは「じっとしておれ!」と大声を発し、戦闘開始にひとまず待ったをかけた。

 その背に追いつく。

 ピットとミカエラがすっと身を翻して、お行儀よく礼をした。


「やりたいのじゃな?」


 スフィーダは率直に訊ねた。


「はいっ!」


 二人の声が重なった。


 空気を激しく振動させる、ドル・レッドの「グオォォォォォォッ!!」という激しい咆哮。

 続いて、迫力満点の野太いがらがら声で「ガキに用はないぞぉっ!」と言い放った。

 それを聞いても尚、ピットとミカエラは辞儀をしたまま、再び「やらせてください!」と声を揃える。


「駆逐してみせなさい」


 それがヨシュアの指示だった。

 ピットとミカエラは「はいっ!」と返事をして相手のほうへと向き直る。

 スフィーダは気合いを入れてやるつもりで、左右の手を使って彼らの背中をバシッと叩いてやった。


 互いに動くことで、イーヴルとドル・レッドは二百メートルほど離れた。

 向こうは向こうで、一対一でやってやろうという腹らしい。

 それに呼応するようにして、ピットとミカエラも動く。

 それぞれがそれぞれの敵と向き合った。


 魔法衣のサイドポケットから七宝玉を取り出したピット。

 文字通り七つの小さな黒い玉が、瞬く間にイーヴルへと襲い掛かる。


 さあさあ、始まった始まった。


 七宝玉は糸を引くように小気味よく舞い、桃色の光線を放つ。

 お馴染みのオールレンジアタックだ。

 イーヴルは不規則な動きで、それをかわす。

 異常なすばしっこさである。


 一方のミカエラ。

 彼女は無鉄砲に、しかし鋭い動きでドル・レッドに迫る。

 接近戦に持ち込み、ご自慢の拳を太鼓腹に突き立てる。

 竜の肌は見るからに分厚い。

 自身も自らの防御力には絶対の自信を持っているのだろう。

 だから、幾度も拳を振るわれようが、正面から堂々と受け止めるのだ。

 

 だが、まもなくして状況が変わる。

 目にも止まらぬ速度で繰り出されるパンチの嵐に、ドル・レッドが押され始めた。

 竜を強引に下がらせるなど、なんという膂力、怪力だろう。


 深く深く右の拳を引き絞ったミカエラ。

 ひときわ強烈そうな一撃を腹に叩き込むと、ドンッという重々しい音が響いた。

 ドルレッドは、いよいよ後退する。

 忌々しげな顔をしているように見えるのは、きっと気のせいではない。


「燃え尽きるがいいっ!」


 後方へと距離をとり、渦巻く炎を吐いたドル・レッド。

 ミカエラは上昇してそれをかわすと、宙を蹴って弾かれたように突っ込み、また懐に飛び込んだ。

 どてっぱら目がけて、ドンドンドンッと計三発、左右の拳を叩き込む。

 爪の一撃で迎撃しようにも、まったく追いつかない。

 竜が遅いのではない。

 彼女が速すぎるのだ。


 分が悪い。


 もはやそう悟るしかなかったのだろう。

 くるりと反転したドル・レッド。


「イーヴル!!」


 ドル・レッドが叫んだ。


 そのとき、イーヴルは三百メートルほど離れた位置にいた。

 ズタズタにされた状態で、高空から真っ逆さまに落下してくるところだった。

 どうやって仕留めたのか、その瞬間を見逃してしまった。

 その点、少し悔やまれる。

 

 ドル・レッドはイーヴルのもとまで一直線に飛んだ。

 そして、小柄な彼の体を前足で掴むと、びゅんとスピードを上げた。


 ピットもミカエラはすかさずあとを追う。

 スフィーダとヨシュアも続く。


 ハイスピードで飛んでいる最中、きらめくようなまばゆい戦闘を見せてくれた若者二人に、スフィーダは心の中で礼を言った。

 彼らの戦いぶりは見事だった。


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