第11話 ヨシュアの嫁。
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以前からヨシュアに「会わせろ会わせろ」と、しきりに言っていたのだが、このたび、念願叶って、面会できることと相成った。
誰に会いたかったのかというと、ヨシュアの妻、クロエにである。
スフィーダ、ヨシュアのことは、彼が子供の頃から知っている。
評判の天才児だったからである。
彼が十も飛び級して大学を卒業し、十二で教鞭をとったことは、大げさな話でもなんでもなく、伝説となっていると言っても過言ではない。
さて、クロエはヨシュアにとって、幼馴染みに近い存在だという。
しばしばからかうように接してくるにっくきヨシュアのことを尻に敷くような女だったら面白いのになと、スフィーダはひそかに期待している。
大扉が開いた。
女が現れた。
近衛兵に挟まれ、歩いてくる。
白いブラウスに黒い巻きスカート。
亜麻色のロングヘアが美しい、細い女だ。
両手を前で合わせて、静々と近づいてくる。
もうわかった。
よくわかった。
間違いなく、夫を立てるタイプの、至極、おとなしい女だ。
やがて女は跪き、お行儀よく座礼をしてみせた。
「クロエ・ヴィノーでございます」
スフィーダ、我慢できなくなって、三段ある階段を跳ねるようにして下りた。
「立つのじゃ、クロエよ」
「えっ?」
「いいから、立つのじゃ」
クロエが立ち上がる。
なんだか申し訳なさそうな顔をしている。
そんな彼女に、小さなスフィーダは勢いよく抱きついた。
「やっと会えた。わしは嬉しいぞ、クロエよ」
「そんな……。私ごときに、もったいなきお言葉でございます」
スフィーダは離れた。
クロエときたら、眉尻を下げ、困ったような顔をしている。
ここでヨシュアが、「クロエ、陛下を見下ろしてはいけませんよ」と発した。
するとクロエは、はっと目を見開いて、すぐさま土下座した。
「もっ、申し訳ございません、スフィーダ様、ヨシュア様っ」
スフィーダは「よいよい」と言ってしゃがみ込み、クロエの後頭部をそっと撫で、それから玉座のかたわらに控えているヨシュアのほうを振り返り、「自らの妻をいじめるでない」と彼を叱った。
「クロエ、面を上げよ」
「し、しかし」
「よいと申しておるのじゃ」
クロエは恐る恐るといった感じで顔を上げた。
スフィーダが「うむ」と笑顔でうなずいてみせると、彼女は正座の姿勢をとった。
「というかクロエよ、そなたは家でもヨシュア様と呼んでおるのか?」
「はい」
「ヨシュアでよいじゃろう?」
「そんな恐れ多いことはとても……。ヴィノー家と私の家とでは、天と地ほどの差がございますので」
「しかし、結婚してしまえば家は関係なかろう? 対等の立場であろう? そういうものではないのか?」
「私にとって、ヨシュア様は雲の上の御方でございます」
スフィーダ、再度、ヨシュアに顔を向ける。
「ヨシュアはそれでよいと考えておるのか?」
「クロエの好きにさせるのが一番と考えております」
スフィーダ、思う。
それはすなわち、ヨシュアは妻のことを尊重しているということなのだろうか、と。
きっとそうなのだろう。
彼は優しい男である。
「クロエよ、わしは一つ、そなたに謝らなければならぬ」
「えっ」
ヨシュアは普段、城内にある私室で寝泊まりをしている。
だから、あまり私邸には帰れていないはずなのだ。
そういう状況を強いたのは、なにを隠そうスフィーダだ。
最終的に彼を最側近に指名したのは、彼女自身なのだから。
そのあたりを説明した上で、スフィーダはぺこっと頭を下げて謝罪した。
すると、きょとんとなったクロエ。
まもなくして、彼女は破顔した。
笑窪が実に愛らしい。
「ヨシュア様は……夫は陛下のおそばをゆるされていることを、誇りに感じているはずでございます。私ですら、誇りに思っているくらいでございます」
クロエはいいことを言う。
本当にいいことを言う。
「わしにとっても、ヨシュアは誇りじゃ。そして、クロエよ」
「はい」
「わしは我が国に住まう民が愛おしくてたまらんのじゃ。無論、おまえもそのうちの一人じゃ。どうかそれを忘れんでくれ」
クロエは静かに頷いた。
「本当に、会えてよかったぞ」
「恐れながら、私もでございます」
クロエは愛らしい笑窪を、再び見せてくれたのだった。




