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第107話 最悪のスピード決着。

      ◆◆◆


 本日、一人目の謁見者。


「もう限界です」


 きりりとした眉が凛々しい十九歳の青年はそう言った。

 名はアレクという。


「なにが限界なのじゃ?」

「姉の束縛がキツいんです」

「束縛?」

「言葉通りの意味です」

「そこにはなにか、理由があるのか?」

「女手一つで育ててくれた母が、半年前に病気で他界しました。それからというもの、働きにすら出してもらえなくなりました。どうしてそんなふうに考えるに至ってしまったのかはわかりませんが、自分が守ってあげなくちゃいけないという姉の思いは、とにかく強いんです」


 スフィーダは「なるほどの」と言い、一つ頷いた。

 最初の文言からしてキツそうな内容だと、彼女は感じた。


「とことん愛されている。じゃが、迷惑千万ということか」

「はい」

「姉上は、そなたにどうなってほしいと考えておるのじゃろうか」

「わかりません。ですが、一つだけ言えることがあります」

「それは?」

「姉がイメージする人生を歩みたくはありません」


 誰かに決まった生き方を強要される。

 それは確かに苦しい、あるいはうっとうしいことかもしれない。


「その旨、きちんと伝えたのか?」

「いえ」

「なぜ、伝えんのじゃ?」

「伝えたところで無駄だからです」

「そうとは限らんじゃろう?」

「いいえ。絶対に聞き入れてはくれません。これまでの拘束の程度が、そうであることを如実に示しています」

「ふむ……。今日はなんと言って出てきたのじゃ?」

「姉は一泊二日で地方に行っています。最後の出張だそうです」


 本当にしんどいですと、アレクは漏らした。


「じゃったら、わしが話をしてみるというのはどうじゃ?」

「スフィーダ様が?」

「うむ。言い聞かせるくらいはしてみよう」

「それでも、意味なんてないと思います」

「なにもせんよりかはマシじゃろう」

「ですが……」

「よいのじゃ。力になりたい」

「……わかりました。お願いすることにします」


 アレクは椅子から腰を上げると、「ありがとうございます」と言い、深々と頭を下げてみせた。




       ◆◆◆


 三日後。


 弟と姉は、静かに椅子へと腰を下ろしたのだった。


 姉の名はソフィアというらしい。

 長く艶やかな金色の髪。

 隙のない顔立ち。

 美女だ。

 年齢は二十のなかばといったところだろう。


「ソフィアよ、アレクからなにか聞いておるか?」

「特にはなにも。……って、どうして弟の名前をご存じなんですか?」

「まあ、聞け。率直に言うぞ。アレクはそなたの束縛がつらくてつらくてしょうがないそうじゃ」


 ただでさえ身構えている様子だったソフィアが、表情をさらに険しくした。

 彼女は左隣のアレクのほうを向く。

 申し訳なさそうな顔をして縮こまる彼。


「私達の家のことに立ち入らないでください」

「そうしたいところじゃが、言っておきたいこともある。束縛とは文字通り、そのニンゲンの自由を奪うということじゃ。あまり感心できることではないぞ」

「私の言う通りにしていれば、弟は幸せになれるんです」

「その理屈の根拠はなんじゃ?」

「人生において、私は間違ったことなんてないんです」

「本当にそうなのか?」

「はい」

「凄まじい自信じゃな」

「自信ではありません。事実です」


 ヨシュアが「ソフィアさん」と呼び掛け、「しかし、貴女がずっと世話をするというわけにもいかないでしょう?」と伝えた。


「いいえ。私が一生、面倒を見ます」

「そこに貴女の幸せはあるんですか?」

「幸せしかありません」

「くどいようですが」

「くどくなるなら、おっしゃらないで」

「いえ。言わせてください。貴女の思い描くシナリオの中に、弟さんの幸せは、恐らくない」

「いずれ理解してくれます」


 ソフィアは絶対に折れるつもりはないらしい。

 アレクはアレクで俯いたまま、なにも発さない。


 まもなく、二人は引き揚げていった。

 姉が弟の手を強く引っ張るような格好で。




       ◆◆◆


 さらに三日後。


 またアレクが訪ねてきた。


 アレクは椅子に座ることなく、開口一番、信じられないことを告白した。


「おとつい、姉を絞殺しました」


 目を見開くしかなかった。


「この先ずっと縛られたまま暮らすのは、やはり我慢できないと判断したんです」

「だ、だからといって、なにも殺すことはなかったじゃろう?」

「とっとと裁かれ、死刑にでもなったほうが、気持ちが楽というものですから」

「悲しいことを申すな」

「ですが、もうやってしまったことなので。これから警察に出頭します」


 アレクは「お世話になりました」と言い、きちっとお辞儀をした。

 さっさと身を翻して、去っていった。


 絶句したスフィーダ。

 涙が目からあふれ出てきて、止まらない、止まらない、止まらなかった。


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