第102話 招かれざる客の名は?
◆◆◆
ビーンシィ奪還作戦の最中も、謁見者の対応は行っている。
兵を送ったことは事実なれど、それを理由に民の暮らしぶりに変化が生じるようなことがあってはならないからだ。
はるか遠い地でやっていること。
プサルムに住まう多くの人々にとってこたびの戦争は、そういった性質のものであるに違いない。
◆◆◆
作戦開始から二日。
夕食を食べ終えたスフィーダは、城内の小さな会議室にいた。
ヨシュアから、作戦の概略について説明を受けるためだ。
自分が「知りたい」と申し出なければ、彼はなにも教えてもらえなかっただろうと彼女は思う。
恐らく、事後報告だけで済ませるつもりだったはずだ。
ヨシュアは紙に描いた簡単な地図をもとに、解説してくれる。
「このように、ハインド軍は西から、我が軍は南から攻め込んでいます。それだけです。作戦と呼ぶほどのものでもありません。力任せに押し込みます」
「ウチの兵力は、魔法使いが百人、一般兵が五千人と聞いたが、それで足りるのか?」
「さまざまな情報を多角的に分析し、算出した数字です。問題ありません。万一を想定し、国境の手前にはもう少し配備していることも併せてお伝えしておきます」
「相手の一般兵に対する魔法の使用も、ゆるしておるのか?」
「はい。臨機応変にという、ファジーな許可ではありますが」
「あくまでも、戦況次第ということじゃな?」
「はい。倫理的な視点に立った場合、一般兵に魔法を浴びせるのは、あまりよいこととは言えませんので」
「そこは筋を通し抜かんといかんな」
「そうです。そうでなければ、我が軍、ひいてはわが国ではない」
「じゃが、エヴァはなにか、無茶をしでかしてしまいそうな気がするのぅ」
「いよいよアンコントロールとなった際には、放逐するしかありませんね」
「そうならねばよいのじゃが……」
◆◆◆
作戦開始から三日。
夜、会議室にて。
スフィーダは椅子によいしょと腰掛けると、「どうじゃ? 順調か?」と問い掛けた。
すると、彼女の向かいに座ったヨシュアは「問題ありません。定時連絡の内容にも特段の変化はございません」と返してきた。
「事が上手く運びすぎるのは、少々、気味が悪いように思えるのぅ」
「陛下は心配性でございますね。ですが」
「ん? おまえもなにかを感じておるのか?」
「いえ。客観的に評価すれば、なにも起きようがないとの結論に至ります」
「じゃが、嫌な予感は抱いておるのじゃな?」
「得も言われぬ不安というのは、どのような状況にもつきまとうものでございます」
「また曙光が首を突っ込んでくるようなら、厄介なことになりやせんか?」
「このタイミングでそれはないでしょう。ええ。赤備えが介入する理由がない。もはやグスタフには、なんの価値も見ていない。以前、曙光の将軍殿がそうおっしゃいましたよね?」
「曙光の将軍。リヒャルト・クロニクルか。あの阿呆めが個人的な愉悦を得るために、再び顔を覗かせるとは考えられんか?」
「クロニクルの興味の対象はフォトンです。そして、フォトンの現状については、彼も聞き及んでいるはずです」
「そうじゃったな。フォトンは投獄中じゃったな……」
「お忘れでしたか?」
「そんなわけないじゃろうが」
◆◆◆
作戦開始から五日。
それは玉座の間において、次の謁見者の入場を待っているときに起きた。
赤絨毯の上に、突如として、高さ二メートル、半径一メートルほどの飴色の筒が出現したのである。
飴色の筒。
移送法陣だ。
誰かがどこぞから、この場にワープしてきたのだ。
スフィーダが腰を浮かすより早く、ヨシュアが彼女の前に進み出た。
彼が盾になるような格好である。
誰のお出ましなのか、それは確認したいと思い、スフィーダは立ち上がり、ヨシュアの陰から首を伸ばす。
彼女の視線の先に立っていたのは、エヴァ・クレイヴァーだった。
スフィーダはヨシュアの隣に立った。
エヴァは肩で息をしている。
軍服である黒い上着には細く裂かれた痕がちらほら。
むき出しの脚にも切り傷を負っている。
驚いたスフィーダは「エ、エヴァよ、どど、どうしたのじゃ?」と、どもりながら訊ねた。
エヴァは答えなかった。
彼女はすぐさま「閣下、来て! お願い、早く!」と叫んだ。
ヨシュアはなにも問うことはせず、階段を下り、大股でエヴァに近づいた。
彼女のこしらえた移送法陣に、彼の体も包まれた。
二人の姿が飴色の筒とともに空気に溶けるようにして消失する前に、スフィーダは「なにがあったのじゃ!」と声を張り上げ訊いた。
「ラニードが出たの!」
エヴァはそう答え、「ちくしょう!」と吐き捨てたのだった。




