1-9 闇の中
「くはぁ! はぁっ はぁっ ここは……どこ…?」
超重力から解放され、呼吸を取り戻したシロガネは、激しく息を吸いながら周囲を見回す。
暗くて広い空間。生臭い獣の臭い。空気の流れは無い。地肌が冷たい。見上げると、ひび割れた天上から僅かに光が射し、時々土や小石が落ちてくる。
耳を澄ますと僅かな呼吸音。周囲に何かいる? 幸い、右腕はグレートソードを握ったままだ。いつでも反撃できるよう用心する。
しばらくして暗闇に目が慣れてくると、周囲に何かが横たわっているのが分かる。これは…獣か?
ウサギやネズミ、カラスや野鳥、キツネやシカ、オオカミやクマ。
雑木林に住む、ありとあらゆる動物が横たわっていた。触れてみると僅かに暖かく、小さく呼吸していた。
辛うじて生きているが、いくら触っても嫌がる様子気配もない。
…まさか痺れ毒? "掃除屋"の生き餌? ここは"掃除屋"の巣の食料貯蔵部屋か!
つまりは、こう言う事なのだ。
1)シロガネの足下には"掃除屋"の巣が広がっており、ちょうど真下に食糧貯蔵部屋が作られていた。
2)しかも地上の近くに作られていたため、巣の他と比べて天井が低かった。
3)そこでシロガネは重力魔法の捕縛技を喰らう。
4)しかし、シロガネはいつまでも気絶しないので、"掃除屋"の増援が次々と到着。
5)シロガネの体重はついに二百倍に達し、地面が耐えきれずついに崩落。
6)シロガネは天井を破って貯蔵部屋へ転落。天井の穴は岩や土が木の根に引っかかり、美味い具合に塞がる。
7)突然得物を見失い、地上の"掃除屋"は大パニック。それはもう大騒ぎさ!
しかしシロガネには、何が起きたのかなんてどうでも良かった。些細な問題だった。
とにかく辿り着いたのだ。目的地に!
雑木林の動物が保存食として沢山蓄えられているのだ。まだ希望はある。
妹ちゃんは、兄妹はきっと生きている! 探せ! 探せ! 人影を!
何処だ! 何処だ!! 何処だ!!
いた!
毛皮とは違うシルエットが二つ。しかも大人と子供のように大きさが違う。
シロガネは無我夢中で駆け寄った。
横たわる小さな影。それは紛れもなく女の子だった。間違いない。妹ちゃんだ!
女の子は大きな影に寄り添うように横たわっていた。きっとこっちがお兄さんなんだな。
……だれだこいつは!
性別は男で間違いない。だがしかし、この子の兄にしては年を食いすぎている。
どう見ても40代以上のおっさんだ。しかも服装からして村人じゃない。外国人? 旅行者? それとも冒険者か?
シロガネは頭を抱えた。完全に想定外だ。困った。どうしよう。
ラズ老師に指示を求めたかったが、肝心な時にマジックドローンいない。
妹ちゃんを助けるのは当然として、このおっさんはどうする? そして兄くんはどこだ?
こういう時のために、王宮戦士は超万能回復薬を持っている。その名は"御神酒"と書いて"ソーマ"と読む。
今回は二人の兄妹が行方不明との事で、"御神酒"も二本用意していた。
ここで使えば二人は助かる。だけどその場合、兄くんはどうする?
極端な話をする。兄くんが肉団子にされ喰われたとしよう。"掃除屋"は鮮度を大切にするから、肉団子にする直前まで生き餌を生かしておく可能性がある。
もし肉団子にされ、更に喰われた後だとしても、すぐに肉片を取り戻し、"御神酒"をかければ、可能な限り肉体が修復され、命を取り戻せるかもしれないのだ。
それほどまでに効果は凄まじい。正に超万能回復薬である。
やはりダメだ。兄くんがここにいないと確定しない限り、このおっさんに"御神酒"は使えない。
ラズ老師であれば、おっさんに飲ませるよう指示しただろう。妹ちゃんは身体が小さい。大人なら運び出すのは簡単だ。妹ちゃんにラズ老師の元に到着するまで我慢してもらえば、兄くんの分は残せる。
しかしシロガネの頭ではそこまでは考えつかない。もし気付いたとしても妹属性持ちだ。やはり妹ちゃん最優先で使ったに違いない。
そして正に、妹ちゃんに"御神酒"を使おうとしたその時……
「んん…」
小さく声を上げ、妹ちゃんは目を開けた。
「…だあれ?」
眠そうに目を擦りながら身体を起こす。
眠っていた!? 麻痺じゃなくて!? しかも、こんなところで!?
困惑するシロガネを寝ぼけ眼で見ていた妹ちゃんは、シロガネに向かい姿勢を正して座ると、「こんばんは」と頭を下げる。
「こん…ばんは? ああ、うん。こんばんは」
昼なのに何故? ああそうか、確かにここは暗い。夜と思うのも無理ないな。シロガネは合点がいく。
妹ちゃんはシロガネの顔をじっと見つめ、そして不思議そうに聞く。
「にぃにはだあれ?」