1-8 トラップ
その頃、シロガネは巣穴から20メートルほどの距離で足を止め、様子をうかがっていた。
何かおかしい。
"掃除屋"は単体なら大して強くない。戦闘の素人でも対応できる。しかし集団化した途端、厄介になる。組織的に動き、数の暴力で攻めてくる。
ラズ老師からの報告通り、巣穴の周りには確かに黒い塊が転がっていた。想像していたよりも大量で、流石のシロガネも躊躇するほどだ。
巣穴からの増援を含め、数百匹程度なら行けると踏んだシロガネだったが、ザッと見たところ、地上の擬態だけでも数百を超えるように思えた。増援が加われば千匹を越えるかもしれない。
しかし、何かおかしい。
"掃除屋"のハグレモノが村人に発見されたのは、今日か昨日だろう。
近くの村に出たと思われる被害は兄妹のみで、しかも確定ではない。判明している犠牲は雑木林の動物達だけだ。
千匹まで繁殖するには餌も時間も足りない気がする。これはどういうことなのか。
もしかして、雑木林のどこかに"掃除屋"の繁殖を促すほどの大量の餌があったのではないか?
例えば、たまたま大きなドラゴンが雑木林の中で死んで、その肉が全部"掃除屋"の餌になったとか………
その時、シロガネは奇妙なものを見る。やけに頭の大きな"掃除屋"が巣穴から現れたのだ。
よろよろと歩く頭でっかちは、ある程度巣穴から離れる。すると突然、大きな頭がゴトッと落ちた。
突然の出来事に、目を丸くして驚くシロガネ。思わず声を上げそうになる。
しかし"掃除屋"は、何事もなかったように巣穴へと戻ってゆく。よく見ると、ちゃんと普通サイズの頭が付いている。
じゃ、じゃあ、さっき落としたあの大頭は何だ? 頭じゃないとしたら、一体なんなんだ? ま、まさか……
混乱したシロガネは、正体を確かめようと、近くに鎮座している黒い物体にそっと近づいた。よく見て確かめた。剣でつついてみた。
"掃除屋"の擬態ではなかった。ただの黒鉱だった。
それが偶然か、それとも策略かは分からない。"掃除屋"が掘った巣穴は鉱脈の上だった。
巣穴を掘り進める度に出てくる黒鉱が邪魔となり、巣の外へ捨てていたのだ。
ラズ老師には見た目通りの黒鉱だったが、シロガネには"掃除屋"に詳しい事が仇となり、カラスから作物を護る案山子の役割を果たしたのだった。
"掃除屋"の数が予想してたより少ないと気付いたシロガネは、ここで大きな油断をしてしまう。
そのまま巣穴に突撃するか、一端退いて老師に報告するかで迷い、迂闊にもその場に踏み留まってしまったのだ。
シロガネが進むと決めた時、何故か足が上がらなかった。気がつけば身体が重い。剣を構えていられない。
必死に足掻くが動けない。膝を付き、手を付き、ついには横たわってしまう。そしてその身体は、徐々に地面にめり込んでゆく。
シロガネは罠にはまったのだ。
ここで"掃除屋"の秘密を一つ公開しよう。
"掃除屋"の見た目は巨大なアリそのものだが、大型犬サイズの体重を支えるには足が細すぎる。本来なら歩く事すらままならないはずだ。
ところが"掃除屋"は自重をものともせず、木の上にすら登ってしまう。何故なのか。
実は"掃除屋"は一つだけ魔法が使える。重力を操る魔法だ。自分に作用する重力を最小限に抑え、無重力に近い状態を保っているのだ。
"掃除屋"がこの世界で"虫"ではなく、"魔獣"にカテゴライズされているのもその為である。
そして"掃除屋"の重力魔法は、得物を押さえつける捕縛技としても応用できる。
捕縛技の威力は大して強くないし、使用中は自身の体重が元に戻るから、身動きが取れず無防備になってしまう。
一匹なら大したことはないのだ。ただの一匹なら。だがしかし、この捕縛技は"掃除屋"の数だけ重ね掛けが出来る。
一匹なら一倍。十匹なら十倍。百匹なら百倍の重力で得物を押し潰すのだ。
黒い塊はどれも黒鉱だったが、"掃除屋"はその影に隠れ、気配を殺していた。巣の周りに潜んでいたのは約五十匹。
そこにシロガネがやって来た。全員の射程距離に入り込んだところで、一斉に掃射した。
捕縛技の目的は殺傷ではなく、生き餌の確保だ。得物が気を失ったところで技を止め、麻痺毒を注入して逃げられないようにする。
しかし、シロガネは中々気絶しない。必死に抵抗し、尚も立ち上がろうとする。
そこで"掃除屋"は増援を要請。巣穴から次々と応援がやってくる。しかし百匹を超えた捕縛技にもシロガネは耐える。
ここで意識を手放せば妹ちゃんが死ぬ! 絶対に、絶対に、妹ちゃんを助けるんだ!
それは正に執念であった。その常軌を逸した執念が、思わぬ奇跡を呼び込む。
捕縛技が二百倍を超えた時、地面に身体の半分までめり込んでいたシロガネが、消えたのだ!
突然得物を失い、二百匹もの"掃除屋"がパニックを起こす中、もう一つの奇跡が起きる。
絶妙なタイミングで、ラズ老師達の支援攻撃が始まったのだ。
地上に出た大半の"掃除屋"が、それを逃げた得物の攻撃と認識し、狂乱状態のまま丘へと走り出してゆく。
巣穴の護りが手薄となり、潜入するにはまたと無いチャンスの到来である。
だがしかし、肝心のシロガネはどこに消えてしまったのか?