1-7 先走る
マチヤが丘から下り、招集された冒険者達の元へ戻ると、仲間達から質問攻めにあった。
「マチヤの大将、どうでした?」
「もう少し待てってよ」
「その"もう少し"ってのは…」
「そりゃ、もう少しはもう少しだろ」
「具体的にはどれくらい…」
「オレが知るかい」
「大将見ましたか? さっき、王宮戦士らしきヤツが林に…」
「みたいだな。だが今回は、丘の上にいる大魔道士様の仕切りだ。俺達は命令あるまで待機だよ」
冒険者達は王宮戦士が大嫌いである。理由はシンプル。食い扶持を奪うからだ。
愛だの正義だのと綺麗事を並べ、怪物退治や様々な事案を力尽くで解決しやがる。しかも報酬を受け取らないのだ!
おかげで重要案件の依頼のほとんどは王宮戦士に取られ、王宮戦士が断った中規模以下の案件しかギルドには回ってこなくなった。
そのおかげで冒険者の死亡率が大幅に減ってはいるのだが、短い仕事で大きく稼ぎたい実力派冒険者にとっては迷惑でしかない。
マチヤはふてくされながら、その場に座り込み、ふと村人達を見る。
荒くれ者ばかりの冒険者から少し距離を取り、20人ほどの素人が固まって座っていた。
村人は、冒険者達が討ち漏らした"掃除屋"を倒して収入を得たり、おこぼれにあずかるために参加している。
ハグレモノは村を滅ぼす危険な存在だが、思わぬ副収入をもたらすお宝でもあるのだ。
しかし、村人には笑顔が無い。不思議に思うマチヤだったが、理由はすぐに思い当たった。
よりによって村の子供が二人も行方不明。これでは喜んではいられるはずも無い…か。
もしかしたら、あの20人の中に母親もいるのだろうか……。
マチヤはふと考える。
この世に王宮戦士がいなくて、この案件が冒険者ギルドに回ってきたとする。
もし"巣穴に潜って行方不明の子供を捜せ"なんて依頼があったら、オレはいくらで引き受けるだろうか?
いや、無理だな。いくら積まれても無理だ。死ぬと分かっているのに引き受けられるものか。
そもそも、巨漢のオレには巣穴は狭すぎる。剣が使えないのにどうやって戦う?
そういえばあの王宮戦士、やけに小さかったな。まるで子供みたいだったが…
「やめんかシロガネ! 少し待て! 一人で無茶をするでない!」
遠くから老人の叫び声が聞こえた。ラズ老師だ。
マチヤが丘の上を見ると、大岩に立つ老師の背中に魔法の翼が現れ、ひとっ飛びでマチヤの前に降り立った。
「お主、先ほどの大男じゃな!」
「は、はい、そうです! なんでしょうか大魔道士様!」
「あの馬鹿、独りで突貫する気じゃ! しかしあの数は流石に不味い。せめて林に隠れとる"掃除屋"くらいはこっちで引きつけんとな」
「攻撃……ですか? しかし、セオリー通りなら巣穴を潰してからでないと……」
「そんな役にも立たぬセオリーなんぞ捨てっちまえ! 心配せんでも大丈夫じゃ! ワシの補助魔法は集団戦向けじゃ。全員をサポートしてやる!」
「わ、わかりました」
王宮戦士でも不味いくらいの"掃除屋"の数に、セオリーを無視した攻略…。嫌な予感しかしないが、やるしかない。
マチヤはざわめく冒険者達を向くと、大声で檄を飛ばした。
「お前ら仕事の時間だぁっ! 食い扶持を稼げっ! 間違っても無駄死にするんじゃねーぞ!」
「おおっ!」
「待ってました!」
「やるぞ!」
「いくぜいくぜいくぜ!」
あとはラズ老師の補助魔法に期待するしかない。大魔道士が口先だけでない事を祈るばかりだ。
冒険者達が奇声を発しながら盛り上がる中、村人の中から一人の女性がラズ老師の元へと走り寄ってきた。
「だ、大魔道士様!」
ラズが振り返ると、20代くらいの美しい女性が、不安げにたたずんでいた。昨日から眠っていないのか目の下にはクマがある。
「む? どうしたね?」
「あの……私の子供は……子供は…………」
そこでラズは気付く。行方不明の子達の母親か。
セオリー通りなら人海戦術の各個撃退は巣を潰してから始める。子供は見捨てられたのではと、母親が不安になるのも当然だ。
「正直言ってまだ分からぬ。じゃがの、ワシらはまだ諦めておらん。諦めてはおらんからな! だからお前さんも気をしっかり保つんじゃ!」
「は……はい…。ありがとうございます! ありがとうございます!」
そう言いながら母親はその場で泣き崩れた。慌てて駆け寄ってきた村の娘達に母親を託し、ラズは冒険者達に合流する。
母の期待に応えてやりたい。だが、それでも……
「無茶はするなよ、シロガネや……」