1-6 豪腕マチヤ
「旦那! 魔道士の旦那!」
大岩の下からラズ老師を呼ぶのは、背中に大剣を背負った中年の大男。"豪腕マチヤ"の名で知られる冒険者である。
「誰が魔道士じゃ! 偉大なる大魔道士様と呼ばんかい!」
マチヤは正直「うぜぇ」と思ったが、にこやかに笑いながら大人の対応をする。
「これは失礼を。では、偉大なる大魔道士様、ちょっといいですかい?」
「ふむ、なんじゃ?」と大岩の上から答えるラズ老師。
「俺たちゃハグレモノ退治ってことで、ギルドから緊急招集かけられた冒険者です。下に集まってるもんの代表で来やした」
「これはご苦労さん。で、何人集まりましたかの?」
「大体100人くらいですかね。半分以上は冒険者ですが、20人くらいはド素人の村人ですわ。今日中となるとこれが限界ですかね」
「そう…か。ふうむ。これで足りるか? いや、しかし……」
ラズ老師は独り言を呟きながら考え込む。マチヤはしばらく待った後、再びラズ老師に話しかける。
「それで大魔道士の旦那! 俺たちゃいつまで待ってればいいんですかね?」
「あ? お? ええっと、何じゃったかの?」
「俺たちゃ、いつまで待ってればいいんですかい!」
「ああ、すまんすまん。もう少し待っててくれ。もうじき巣穴が見つかるでな。いや、まて………おおっ! たった今見つかったわい」
「それはようござんした!」
マチヤはホッと胸をなで下ろす。
巣穴が見つかったなら、あとは簡単だ。ハグレモノ退治のセオリー通りにやればいい。
まずは巣の中の奴らを一網打尽。その後、地上に残った奴らを人海戦術で潰す。
巣穴は大魔道士様の大規模魔法で一発だ。100人もいれば地上の奴らも9割方倒せるだろう。
何匹か取りこぼしても問題は無い。群れなければ怖くないし、女王がいなければ繁殖も出来ないからな。
これであの村は安全だ。
マチヤの故郷のような悲劇は、絶対に繰り返してはいけないのだから。
しかし、ラズ老師の次の言葉に、マチヤは耳を疑う。
「あとは行方不明の兄妹の安否を確認するだけじゃ。さすれば憂い無く退治できるでな」
は?
「ちょっ、ちょっと待ってくだせえ魔道士の旦那! 一体どういうことで?」
「聞いとらんかったか? 村の子供が二人行方不明でな。"掃除屋"に捕まった可能性があるんじゃ。確かめねばならぬじゃろ?」
「確かめるって一体どうやって? ま、まさか……」
「そのまさかじゃ。巣穴に潜って確かめる。たとえ亡骸でも、母親の元に返さねば可哀想じゃろ」
マチヤには正気とは思えなかった。
確かに人道的には正しい。しかし、そんな事を言ってる場合か?
時間は常に"掃除屋"の味方だ。餌があれば凄まじい勢いで繁殖し、どんどん増えていく。気がつけば村が全滅なんて事も十分ありうる。
そして何より、巣穴は奴らのホームグラウンドだ。そこに潜るなんて正に自殺行為。生きて戻れるとは思えない。
「心配せんでもいい。お前さん方に無茶振りはせんよ。こういう時のための王宮戦士じゃしな」
マチヤはそう言われて、一足早く雑木林に突入した小柄の人影を思い出す。
若造が手柄を上げようと先走ったかと思ったが、あれが王宮戦士だったのか…。
「今しばらく、あやつからの報告を待ってくれるか。
なに、心配はいらん。もしもの時は、雑木林ごとマグマで埋めてくれるでな」
そう言うと、ラズ老師はニッコリと笑った。
周囲の気配が無くなると、シロガネは巨木から飛び降りた。
実際には近くに"掃除屋"がいるはずだが、襲いかかってくる様子はない。シロガネ自身が血を流さない限りは大丈夫なのだろう。
シロガネはグレートソードの側に駆け寄ると、そっと引き抜ぬく。こびり付いた血は大地が吸ったか、もう臭わない。
刃に血糊が付いたままでは危ないと思い、とっさに地面へ突き立てて避難したが、結果的に正解だったようだ。
そこにラズ老師の光球が戻って来る。
「見つけたぞシロガネ! このドローンが案内するからついて来い」
「その前に教えてよ。巣の周りはどんな感じ?」
「ふむ。巣穴の前にはそこそこ開けた広場があるな。あちこちに大きな黒鉱がゴロゴロ落ちとった。もしかしたら鉱床かもしれん」
「クロコウって何?」
「黒い鉱石の事じゃな。黒くてデカイ岩の総称じゃ」
「黒くて……デカイ岩……。それって多分、"掃除屋"だよ」
「えええぇ!? あの塊がぁ!?」
「一匹一匹だと隠れきれないから、何匹か一緒になって岩のフリをしてるんだよ、きっと」
「巣穴を護るガードマン…いや、ガーディアンか?
じゃがちょっと待て。ドローンからの情報によると、黒鉱の岩はかなりの数が転がっておった!
あれが全部"掃除屋"だとしたら…。数百なんて数じゃ足りんかもしれんぞ! どうする気じゃシロガネ!」
「どうもこうもないよ。ボクはにぃにだもん…」
シロガネはふと、長くて重くて肉厚のグレートソードを見つめる。
よかった。コイツが役立ちそうだ。
「じゃあ、突入するね」