3-4 イマジネ・ボレアス
"暴風神竜ボレアス"。
荒ぶる北風の神の名を与えられた風属性の大型ドラゴン。全長20メートル前後の巨体で、大魔獣にカテゴライズされている。風系と氷結系の魔法を組み合わせたブリザードアタックは、全てを凍てつかせる凄まじき技で、"ボレアス"の冬の討伐はほぼ不可能だと言われている。
その姿…。その形…。目の前のドラゴンは、紛れもなく"ボレアス"だった。
しかしそれは、明らかに"ボレアス"ではなかった。
まず目に付くのは体色だ。身体は原色に近いグリーンで、まるで頭からペンキを被ったようだった。何より異常なのは、その巨体だ。目測で"ボレアス"の十倍はあるのだ。
"ボレアス"とは似て非なる謎の巨体。それは一体……。
「スッゲェ〜〜〜〜!!!! 怪獣だぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
シロガネは奇声を発すると窓に駆け寄り、キラキラと目を輝かせながら、食い入るように謎の巨体を見つめる。
予想外なシロガネの奇行に、ベルトチカは呆気にとられてしまう。
「怪獣だ! 怪獣だよばあちゃん! マジで怪獣だってば!」
狂喜乱舞のシロガネに退きながらも、ベルトチカは恐る恐る尋ねた。
「カ、カイジュウ? カイジュウってなんだい?」
「なんだばあちゃん、怪獣知らないの?」
「ここしばらく研究で篭もりっきりだからね。俗世にはとんと疎いんだよ」
「怪獣ってのはね、ガングワルドにいる超デカイ巨大生物なんだよ♪ 町を踏みつぶして暴れ回るの♪」
「ガングワルドって…あの異世界の?」
「そう♪ あの異世界のガングワルド♪」
「あのオモチャの世界に、超デカイ巨大生物が? そんな話、アタシは聞いた事無いけどねぇ」
「でも、じいちゃんがいるって教えてくれたよ」
「グレゴリから?」
確かにラズ老師はガングワルド通。ベルトチカが知らない情報も握っているだろう。しかし同時に、ラズ老師はイタズラ好きでもある。シロガネに嘘をついてからかっているのかもしれない。
だけど……ベルトチカは思った。
「そうだね。アタシには分からないけど、グレゴリが言うならきっといるんだろうね」
「だよね♪ だよね♪」
いつも死んだ目をしているシロガネが、まるで普通の子供のようにキラキラと目を輝かせているのだ。憶測でつまらない現実を突き付けるなんて、無粋にも程がある。どうせ確かめられないのだ。シロ坊が実在すると思いたいなら、思わせておけばいい。異世界なんて簡単には行けやしないのだから。
しかし、本当に予想外の反応だ。怖いもの知らずと豪語するラズ老師ですら、情けない悲鳴を上げて逃げ出したというのに…。
「ねえねえばあちゃん♪ アイツと友達になれないかな♪」
「えっ!? あ、あれとお友達に…かい?」
「だってさ、うっかり右腕で触って命を吸っても、あれだけデカければ死なないでしょ」
ベルトチカはようやく腑に落ちた。シロガネも寂しいのだ。
「…………そうだね。確かにあれだけ大きいんだ。カイジュウに気遣いは不要だろうさ。でも、流石にあれと仲良しにはなれないだろうね」
「無理……なの?」
「何せあれは、心のない魔法生物だから」
シロガネは驚いた。
「あれが魔法生物なの? あんなの大きいのに? もしかして幻惑?」
「いいえシロ坊。ちゃんとあそこに存在しているの」
"魔法生物"とは、魔法によって擬似的な肉体を造り、使い魔のように操る術。ラズ老師のマジックドローンがそれにあたる。ただの球体から生物的フォルムまで、形は用途によって様々だが、その器に心はない。
そして魔法生物を発現させ、維持するには、魔法の燃料であるマナを消費し続けなければならない。魔法生物が、小さければ消費量も抑えられるが、大きければ消費量も増える。だから大半の魔法生物は掌サイズで発現される。
シロガネは改めて実験場の魔法生物を見る。"それ"は怪獣サイズの身体を維持するために、想像を絶する量のマナを消費し続けているのだ。
「ばあちゃん。あの魔法生物の怪獣は、一体何なの?」
「グリゴリはアイツに酷く怯えてね。"イマジネ・ボレアス"と名付けたよ」
「イマジネ……ボレアス……ボレアス……あっ!」
「シロ坊、何か心当たりでもあるのかい?」
「うん。前にじいちゃんが話してくれたんだ。若い頃、冬の北山にドラゴン退治に行ったんだって。でも、北山の主に返り討ちにあって、じいちゃん以外のパーティーが全滅したって。その時の竜の名前が"ボレアス"なんだって」
「……そうだったのかい。なるほどね。腑に落ちたよ。つまりあの姿は、グリゴリのトラウマなんだねぇ」
シロガネは思った。なぜ虎と馬? その組み合わせとドラゴンにどんな関係があるのか。分からない。
「それでばあちゃん。あの魔法生物の怪獣は……」
「ああ、ごめんよシロ坊。説明がまだだったね。つまりね、あれがアタシ達の造った"守護者"なのさ。"イマジネ・ボレアス"は、アタシ達が育てた"勝手に守護者"なの」




