3-1 真夜中の緊急召集
夜も更け、街から少しずつ明かりが消えてゆく。いつまでも屋根上にいたかったが、そろそろ就寝の時間だ。シロガネにとっては一番厄介な時間でもある。
屋根の上では眠れない。十中八九落下するからだ。シロガネは回復能力があるので、四階建ての寮から落ちたところで死なないが、万が一、下に誰かいれば激突死は免れない。なので、必ず自室のベッドで眠れと厳命されている。
シロガネがベッドで眠れば、もちろんベッドも劣化する。ダメにした毛布やシーツも百や二百ではない。しかし、ベッドや毛布は、比較的簡単に交換できるし、費用もシロガネの給料からの天引きで十分足りる。
だからと言って、消耗品と割り切るには高い出費だし、大量の廃棄ゴミを生み出すのも問題だ。何年もかけて死神腕対策に挑み、試行錯誤を繰り返した結果、最も効果を上げたのが包帯だった。
包帯は劣化速度が比較的遅く、交換も容易。何より、服やベッドよりはるかに安上がりだ。更に、包帯を巻いて死神腕を覆い隠す事で、誰かに触られ、うっかり命を吸い取ってしまうといった"接触事故"も防げる。シロガネにしてみれば、その存在は奇跡と言っていいだろう。
屋根裏部屋の自室に戻ったシロガネは、右腕の包帯を引っ張る。すると包帯はボロボロと崩れ落ちてゆく。風化してゆく包帯を全部はぎ取ると、備え付けのクローゼットに向かい、新しい包帯を取り出した。
シロガネはベッドに座り、右腕の指先から肩に掛けて、手早く切れ目無く巻きつけてゆく。明かりは必要無い。毎日やっているおかげで、今では目をつぶっていても数分程度で済ませられる。数少ないシロガネの特技だ。もし競技があるなら優勝間違い無しだろう。
巻き付けた包帯の緩みがないことを確認して、シロガネは安堵する。これで今宵のベッドは壊れないだろう。
最後に服を着替え、パンツ一丁になる。死神腕による劣化対策を考えると、包帯以外の着衣はなるべく着けない方が良いのだ。しかし、真夜中に緊急召集をかけられるかもしれない。その時、ライオ隊長のように全裸では恥ずかしいので、パンツだけは履くことにしたのだ。
準備が整い、ベッドに入ろうとしたシロガネは、ベッドの上に覚えのない布が畳まれて置いてある事に気付く。
広げてみると、頭巾の付いたマントだ。月明かりで分かりにくいが恐らくは赤い。モナカの忘れ物だった。
シロガネは何気なく匂いを嗅いでみる。石けんか、香水か、モナカ自身のものかは分からないが、良い匂いがした。
「そろそろ寝ようか、クロガネ」
モナカの赤頭巾マントをクローゼットに仕舞うと、シロガネはベッドに潜り込む。
「お休み、モナカ……」
暖かい毛布が睡魔を誘い、シロガネは眠りにつく。
気がつくと、シロガネは夢の中にいた。
夢の中のシロガネは、体が縮んで六歳くらいになっていた。
そこは、深い深い森に囲まれた小さな集落。懐かしいシロガネの故郷だった。
我が家に向かうと、畑を耕す父がいた。強くて逞しく、銀髪で褐色肌だった。
家に入ると、機織りをしている母がいた。優しくて美しく、黒髪で白い肌だった。
側には母の手鏡で遊ぶクロガネがいた。母に似た黒髪と白い肌の、双子の弟だった。
シロガネはクロガネの持つ手鏡を覗き込む。そこには銀髪で褐色肌の…顔の無い子がいた。
これは誰? ボクは誰?
そんな疑問を抱く間もなく、頭上から風を切る音が聞こえて来る。
何事かと思って外に出るが、大空を見上げても何も見えなかった。
しかし風を切り裂く音は徐々に大きくなってゆく。
何かが近づいている。何かが落ちてくる、そう思った瞬間……
ドンガラガッシャーンと凄まじい破壊音が、シロガネの安らぎを奪い取った。
目を覚ましたシロガネは、自分がどこにいるのか分からなかった。
天井に大きな穴が開き、部屋にいるはずなのに頭上にお月様が見える。周囲を見回すと部屋が半壊していた。まさかここが自室だなんて、寝ぼけ眼では想像もつかない。
大きな穴の下には落下物があった。落下の際に舞い上がった塵や埃のおかげで、透明な球体が浮かび上がっている。術者を守る高位の魔法障壁だ。そして球体の中心には人影が見える。背中には魔法翼イカロスノツバサが発現していた。つまり飛行術を使っていたということ。
何事で何者だ? 一級以上のスキルを持った魔法使いか、それとも…。
「緊急事態じゃ、シロガネ! 眠っとるところをすまんが、お前の力を貸してくれ!」
聞き覚えのあるしわがれた声。シロガネの部屋にダイナミック訪問してきたのは、我らが偉大なる大魔道士、グリゴリヲ・ラズ老師だった。




