2-3 花売り娘は途方に暮れる
エンジャは様々な火炎芸を披露した後、支度のため自室へと戻った。夜から西の関所へ警備に向かうためだ。
"野薔薇ノ王国の"北側には魑魅魍魎が蔓延る"深キ深キ森"が広がり、南側には生者を受け付けぬ"虚無の砂漠"がある。二つの地獄の間をくぐるように"帝国"へ繋がる道があり、道の王国側に設置された検問所。それが西の関所だ。
"野薔薇ノ王国"は、通行税こそ取らないが、検閲は人一倍厳しい。"人狩り"が横行しているためだ。
"野薔薇ノ民"は女神の血筋を引いていると言われ、実際、娘達は大層美しい。そんな娘達を、富豪達が成功者の証として欲しがるのだ。故に金に糸目を付けず、奴隷商人は高額の賞金をかけ、大金欲しさに"人狩り"が次々と王国へやって来る。
関所の警備が甘ければ、強行突破を目論むかもしれない。そんな悪党共に睨みをきかせるため、関所には必ず王宮戦士を1人常駐させているのだ。関所防衛の頼もしい抑止力。別の言い方をするなら用心棒だ。
悲しいかなシロガネに、その任は与えられない。死神腕が危険極まりないからだ。ただそこにいるだけで、ジワジワと周囲から命を吸い取ってしまうのだから。せめてもう少し、シロガネが力を制御出来れば、あるいは…
しかし死神腕の制御は非常に困難だった。何しろ前例がほとんど無いため、的確なアドバイスが出来ないのだ。
シロガネも行き詰まり、訓練に実が入らず、怠けてばかりだった。
しかし、今は違う。
死神腕を制御して、自由自在に使えるようになれば、命を奪う以外の事にも活かせるのでは? いや、きっと活かせる! 活かせるに違いない!
エンジャにとっては忌まわしい記憶ばかり呼び覚ます火炎芸も、シロガネには未来の可能性。明日への希望だったのだ。
今すぐにでも特訓を再開したいシロガネだったが、生憎、特訓用に支給された花束は、朝のやる気の無かった時に全部潰してしまった。だけど明日まで待っていられない。ああ、まどろっこしい!
花… 花束… そうだ! この時間なら、もしかしたら……
シロガネは屋根から下を覗き込み、寮の裏の小さな通りを見る。
いた! 花売り娘だ!
「あの、おねえさん!」
声をかけるが、花売り娘は気付かない。しかしここは閑静な住宅地。ライオ隊長のように大声を出す勇気が、シロガネには無かった。どうしよう? 追い掛けようか? でも、階段を下りていく討ちに見失うかも……。お行儀悪いって叱られるけど、いいかな? いいや、やっちゃえ!
シロガネは屋根から飛び降りると、壁や木をつたってスルスルと下りていき、裏通りに着地する。急いで花売り娘に駆け寄った。
「お、おねえさん! おねえさん!」
「あ、はい♪」
シロガネが持った第一印象は、"大きなおっぱい"だった。
振り返った花売り娘は、16歳くらい。野薔薇ノ民にしては野暮ったく、おさげ髪もボサボサだが、田舎娘らしいかわいらしさがあった。そのおっぱいも田舎娘っぽさをかもし出しているのかもしれない。
「何かご用ですか? ……外国のお坊ちゃん?」
シロガネの褐色肌は"野薔薇ノ王国"では珍しい。南国の生まれだと思われても不思議はない。
「えっと、その…お花ちょうだい!」
「まあ、まあ、まあ! これを買ってくださるなんて、なんて慈悲深いお坊ちゃんでしょう!」
目を輝かせて、満面の笑顔を見せる花売り娘。一方、シロガネは心の中で「ぬかった!」と叫んでいた。
花売り娘から花をもらうには、お金を払わなければいけないんだった!
実はシロガネ、13年生きてきたが、買い物をした事が一度も無い。非番は常に屋根上にいるし、生活費や諸々の費用は給料からの天引き。特殊な武具も「試用テスト」としてココロナから借り受けたものだった。機会がまったく無かったのだ。
「えっと…おねえさん…」
「はい?」
「ちょっとここで待ってもらえる? すぐに戻ってくるから!」
そう言うと、シロガネは寮の裏口から入る。一階の廊下では、ちょうど管理人さんが掃除をしていた。
「きゃっ! なに? え? シロちゃん?」
「おばちゃん、ごめんなさい!」
「こらシロちゃん! また屋根から飛び降りたのね! お行儀悪いから止めなさいって言ってるでしょう! あと、廊下は走らない!」
「急いでるんだ! ごめんね! ……あ、おにぎりありがとう! 今日も美味しかったよ!」
そう言い残し、シロガネは屋根裏まで駆け上り、自分の部屋に入った。
たかが花束。お代は管理人さんに立て替えてもらった方が早かったかもしれない。だけどシロガネもちゃんと給料はもらっている。せっかく現金を持っているのだ。使わなきゃ勿体ない。
「これでお花、全部ちょうだい」
「あの、その、お坊ちゃん……。これは……?」
「え? お金だけど……違った?」
「い、いえ、違いませんけど! 間違いなくお金ですけど!」
花売り娘はすっかり困ってしまった。シロガネが持ってきたのはピカピカの金貨だったのだ。
娘の花が仮に一本10円とするなら、シロガネの金貨には10万円の価値がある。その差実に一万倍。バスケットごと花を買ってもおつりが来るが…
「お坊ちゃん、堪忍してください。おつりの持ち合わせがありません」
「おつり? おつり…」
シロガネは考える。こういう時はなんて言うんだっけ? 何かカッコイイセリフがあったような…
「あ、そうだ。えっとね、ツリはいらねぇぜ!」
「こんな大金、受け取れませんよう!」
花売り娘はもはや涙目である。シロガネも困ってしまった。初めての買い物ミッションは大失敗か。
「じゃ、じゃあ、こんなのはどうかな? ボク、これから毎日花が沢山いるんだ。だからこの金貨分、毎日花を持ってきてくれないかな?」
「そ、それでしたらできるかもですが……どこにお持ちしたらいいんでしょう?」
「よかった! じゃあ、ちょっと付いてきてよ!」
シロガネは花売り娘を、寮の裏口まで連れて行くと、ドアの前で待たせ、1人中へ入る。
「おばちゃん! おばちゃん!」
「もう! また屋根から飛び降りたのね! いい加減にしてちょうだい!」
「あのさ、おばちゃん! ボク、初めて買い物したんだ! 花を買ったの! 修行に使うヤツ!」
「修行って…ああ、エンジャ君から技を見せてもらったのね。それでやる気が出るなんて凄いじゃない♪」
「でね、花売りのお姉さんに、毎日届けてもらう事にしたんだ!」
そう言うと、シロガネは裏口のドアを開ける。そこにはメッチャ恐縮している花売り娘が立っていた。
「あ〜、そ、そうね。シロちゃんがやる気を出したのはとても良い事だわ。でも……ちょ〜っと話を聞かせてもらえるかしら?」
「なるほど、大体分かりました。
これから半年間、お嬢さんから毎日お花を受け取ればいいのね。それはおばさん引き受けたわ。とはいえ、お嬢さんに金貨は流石に困るわよね〜。銀貨に両替してあげましょう」
「あ、ありがとうございます〜〜!!」と、花売り娘は泣いて喜んだ。
「さて、次はシロちゃんね」
「あ、あの〜、どうしてお坊ちゃんは外に出されているのですか? お仕置きですか?」
「そうしないと命にかかわるから…」
「はい?」
「うふふ、何でもないわ。こっちの話」
「はぁ…」
管理人さんは、外で待つシロガネを招き入れた。
「……と言うわけなのよ、シロちゃん。立派な武具を揃えるには金貨がいくらあっても足りないけど、日常生活じゃ金貨なんて使わないのよ。銀貨や銅貨で十分なの」
「そうなんだ。ごめんね、おねえさん」
「い、いえ、とんでもございませんです! ワタシの方こそ、お花を買ってもらって大助かりですし! あ、そうだ! ワタシ、ヘスタって言います。お坊ちゃんのお名前は……」
「ぼくはシロガネだよ」
「シロガネお坊ちゃんですか! よろしくお願いいたします、シロガネお坊ちゃん!」
そう言うと、ヘスタは満面の笑顔を見せる。それはお日様のように暖かく朗らかだった。




