2-2 飛び出したるは炎の龍
なんだかんだとこぼしながらも、自分のおにぎりを残さず平らげたエンジャは、そのままシエスタと洒落込む。
一方シロガネは、食後も飽きることなく、街並みを眺めていた。
はてさて、どうやって切り出したものか…
「先輩、飽きませんね。そんなに好きなんスか?」
「うん。大好きだ」
エンジャには見飽きるほどの情景だが、それでも褒められて悪い気はしない。
「エンジャって、この街で生まれたんだよね」
「そうッスよ。生まれも育ちも下町育ちッス。冒険者になってからも、本拠地にしてましたしね。粋がって、名を売ろうと躍起になって、生意気にも冒険者パーティーのリーダーなんぞやってましたよ。若気の至りってヤツです」
ふと、若かりし日々に思いを馳せる。それはエンジャにとって栄光の日々であり、同時に忌まわしい黒歴史でもあった。
下町で生まれ、8歳の頃から炎使いとして覚醒した彼は、手の付けられない悪ガキだった。
良くも悪くも正義感が強く、沸点が低いためすぐに頭に血が上る。素行の悪い冒険者を見かけては喧嘩を売り、火炎で制裁した。冒険者達はその子を邪悪なる炎、"炎邪"と呼び、恐れる。彼もその二つ名を気に入り、"エンジャ"と名乗るようになった。
そんなエンジャを心配してか、教会の神父は「その力は神からのギフト。正しき事に使いなさい」と諭す。しかし幼いエンジャには難しすぎてよく分からない。
いつものように憂さ晴らしをしようと、素行の悪そうな冒険者を捜していると、見るからに弱そうな冒険者チームに声をかけられた。
「うちのパーティーに入らないか?」
まさかのスカウトだった。エンジャはジョークのつもりで「リーダーだったらやってやる」と返した。二つ返事で承諾されてしまった。こうして、冒険者エンジャと、エンジャがリーダーを勤める冒険者チーム"エンジャーズ"が誕生した。
"エンジャーズ"は正に破竹の勢いだった。冒険者ギルドの高難易度ミッションを次々とクリアしていき、一気にスターダムへとのし上がった。下町の悪ガキは、シロガネと同じくらいの年には"下町の英雄"と呼ばれるようになった。
しかし、それも長くは続かなかった。突然の大活躍で、目が飛び出す程の報奨金を手に入れたチームは、金銭配分で大いに揉め、仲違いを始めてしまう。ウンザリしたエンジャはチームの解散を宣言して離脱。世界を巡る放浪の旅に出るのだった。
1年後、帰国したエンジャは、冒険者として復帰。はみ出し者ばかりを集めて"エンジャーズ"を再結成する。
この時からエンジャは明快な目標を持って行動している。それは、貴族になる事。自分が死ぬまでに何処まで上に行けるか、チャレンジしてみたくなったのだ。そのための"エンジャーズ"再結成だった。
今現在、"エンジャーズ"を永久解散し、王宮戦士として下積みを続けているが、エンジャにしてみれば、これも貴族を目指すための過程に過ぎないのだ。
「ねえ、シロガネ先輩…。"正しき事"ってなんスかねぇ」
「……何の事?」
「オレが先輩よりも小さなガキだった頃に、神父さんからそう言われたんスよ。オレの炎の力は神様からの贈り物なんだから、正しい事に使わなきゃダメだよって。まあ、あの頃のオレは、せっかくの力を喧嘩ごときに使ってましたからねぇ。説教したくなるのも無理ありませんわ」
「悪いやつをやっつけて、可愛そうな子を助ければ良いんじゃないの?」
「まあ、そうなんですが……。善悪の区別ってのがね、また難しいんですわ。世の中には、可哀想な被害者のフリをした加害者なんてヤツもいますからね」
「えっ! そうなの!?」
「それに、オレ達の力は強すぎますからね。迂闊に使えばオーバーキル。簡単に大量虐殺っスよ。悪人を倒すつもりが、善人まで巻き込みかねないわけッス」
「うん。そうだね。すごくわかるよ」
「結局、未だに"正しき事"ってヤツが分からないんですが、一つ気付いたんですよ。能力を支配すれば"正しき事"に近づけるんじゃないかって」
「……どういうこと?」
「能力を暴走させず、常に制御下に置く。うっかりミスを減らして精度を上げる…ってとこですかね」
「それは……隊長やラズじいちゃんから、よく聞かされてるよ」
「ははっ♪ そうッスね。オレ達にとっちゃ基本中の基本ッスもんね♪ 面倒くさいけど♪ ですが、極めればこんな事だって出来るんですぜ」
そう言うと、エンジャは頭上に指を立てる。すると指先から炎の紐が伸びていき、東洋風な龍へと姿を変えた。炎の龍は、指の動きに合わせて空中を飛んで回る。
それはエンジャが放浪の旅をしていた時、日銭を稼ぐために身に付けた大道芸。子供だましのちんけな技だ。
恥ずかしくてずっと封印していたが、ラズ老師からは「ハグレモノ退治を怠けた代わりじゃ」と言われ、ライオ隊長からは「だったら便所掃除は勘弁してやる」と笑われ、二人からシロガネに披露する事を強要されたのだった。
実は、シロガネは最近、能力制御に行き詰まってか、訓練を怠けていた。そこでエンジャの芸を見せて、シロガネにやる気を取り戻させようという事なのだが、こんなものを見せたところで、どうなるものでも…
「すっっっっっっっげぇ〜〜〜〜〜〜!!!!!」
我らがシロガネ先輩は、目を丸くして驚いていた。
食い付いてる! メッチャ食い付いているよっ!
「それ! どうやってやるの!?」
「え!? い、いや、単なる炎操作の応用ですが、これは炎使いでないと出来ませんぜ?」
「そ、そうか…。そうだよね……」
「ですがシロガネ先輩だってスゲェ力を持ってるんだ。修行を積んで加減を制御出来れば、もっとスゲェ先輩だけのオリジナル技が開発できますって」
「そ、そうだよね! ボクにだって、出来るよね!」
いつもクールで悲しげなシロガネが、これまで見た事の無いような笑顔を見せる。
エンジャは若干退いてしまったが、同時に安堵もした。
恐るべき死神も年相応に笑えるのだと、心から安堵した。




