プッチン失踪事件
「おい。プッチンがないぞ」
冷蔵庫の中にあるはずのアレがない。確かに僕は三個入りのモノを買っていたはずだ。ちゃんとタイトル通りプッチンする派とタイトルに抗いプッチンしない派が熾烈な舌戦を繰り広げるアレだ。
あの女全部食いやがったな。
「ごめんごめん間違えた。プリンがないぞ」
彼女はアニメキャラではない。あからさまな反応もしないし、口元にちょっと付いてるなんてミスも犯さない。
ちなみに彼女はプッチンしない派だ。
「口開けろ」
ないな。綺麗に整った歯並びとおさらばし、考える。この女どうやったら白状するんだ。
その表情は逆に不自然なくらいに変わらない。これで攻めるか。
「嘘つくならもっと自然な顔にした方がいいぞ」
言うと彼女は悪魔も笑ってしまうような変顔を披露する。
クソッ。思わず笑ってしまったではないか。
「笑ったな。ガキめ」
お前もバカ殿の顔芸で散々笑っただろうが。
全くバカ殿関係ないけど思いついたぞ。
「ごめん僕が悪かったよ。そもそも冷蔵庫に入ってるのはみんなのものだもんな。ごめんごめん」
「分かればいいんだよ」
かかったな。別にプリンなどどうでもいいわ。俺はもっと上玉を狙う。
冷蔵庫からハーゲンダッツを取り出し、スプーンもスタンバイ。なんの因果かフレーバーはカスタードプディング。
見せびらかすため、彼女の目の前に座る。
「いただきまーす」
うん、美味い。
「あ」
数秒の沈黙の末、一つのカップアイスを巡り、熾烈な争奪戦が始まる。
「ねぇえ。返してよ。それ私が大事に取っておいたやつなの。美味しく食べようって思ってたの」
「冷蔵庫にあるのはみんなのものだろ。あーうましうまし」
うましなんて初めて使ったわ。
迫り来る双腕を巧みにかわし、半分まで食べ進めた頃、ついに犯人は罪を認めた。
僕の体にみっともなくしがみつきながら高低差約一メートルの超スーパー涙目上目遣いを見せる。
「私が食べましたー。だからもう許してください。神さま仏さま。冷蔵庫の神様」
僕は食べる手を止める。
「そうだよな。こんなことしてたら保食神様が怒るもんな」
彼女は頷く。多分100パーセント保食神なんて知らないだろうが。
僕がスプーンを彼女の口に運んでやると、彼女はゆっくりと目を閉じる。
「ガチッ」
金属と歯が触れ合う音が鳴る。
「何してくれてんだ。このヤロー」
僕の体をかなり強めに叩く。ポカポカじゃなくてドカドカドカドカ。
空になったカップを見せると、彼女は下を向いて黙り込む。
僕はこの時、気づいていなかった。戦局はすでに第二局面を迎えつつあることに。
僕も流石に悪ふざけが過ぎたな。明日にでも同じの買っといてやるか。
「お前がその気ならな。こっちだってやってやるよ」
お菓子残滅戦争に続く。