オノマトペ戦記
この作が降りて来たとき、私はギルドスタッフの続編すら投げ出すほど、書きたい! となりました。この時すでに、私は乱心していたのでしょう。
小説を書く者にとって、文法、語彙力という筆力は欠かせないものになります。しかし、この作品はその全てを焼き尽くしました。
刮目せよ! オノマトペの力を!
皇暦 六八四年 七月十二日 晴天。
突如行われた皇国の侵略により、帝公は六十万という兵力を投入し、応戦した。
これにより、奇襲にも関わらず長期戦を余儀なくされた皇国軍は、ミスル高原に百万という兵を送り、防衛線を張った。
対する帝公軍は、直ちに同盟国を集結させ報復に出る。その数およそ百二十万。
ひと月にも及ぶ大国の睨み合いは、長い戦争時代の幕開けの様相を呈した。
しかし、積雪による自然休戦を嫌った両国が短期決戦を望んだ為、後の歴史に名を刻む事となる、総力戦に出る。
これは、ある世界で起こった、オノマトペ戦記である。
両軍が激突して三時間。
戦況は皇国軍が優位に立っていた。
特にアルバ将軍率いる第三軍の左翼は、軍師サイモンの策により、大きく帝公軍の陣形を崩し、その奥深くまで切り込んでいた。
間もなく左翼軍は本陣に切り込む戦況に、勝利を確信し始めた皇帝レオハートは、優雅にも紅茶を飲むほどの余裕が出来ていた。
そんな皇帝の下に、伝令が息を切らして駆け込んできた。
「第三軍より伝令!」
息を切らし現れた突然の第三軍からの伝令に、レオハートは眉をひそめた。
「どうした」
「はっ! 突如ワァーっと現れた敵軍に、うわぁああっ! となった第三軍が、ぬうううんっと押され始めました!」
「何!? 突然ワァーっと敵が現れ、ぬうううんっと押され始めただと!?」
間もなく終決。そう思っていた皇帝レオハートは、突如として現れた伏兵に、第三軍が押されている事に驚いた。
「状況を詳しく話せ!」
「はっ!」
猛将と呼ばれ、絶対の信頼を置いていたアルバ軍の苦戦に、心の底では、大丈夫だ、と楽観しているレオハートだったが、まさかという疑念が沸いた。
「第三軍がイケイケで敵右翼をうぉおおおと進軍中、ドーンと九時の方向より敵が、ズドドドドンと現れました! これにより、第三軍はうわぁあぁあ! となり、ぐちゃぐちゃっという状態です!」
「敵の数はいくらだ!」
「はっ! パッと近くに、ズラーっと並んで、ドーっと押し寄せたため、数は不明です!」
「ばっ、馬鹿な!?」
この一報に、皇帝レオハートは鼓動が速まるのを感じた。
アルバ同様、軍神とまで呼ばれたサイモンに、絶対の信頼を置いていたレオハートは、裏切りの念すら感じ、佇むサイモンを睨みつけた。
「サイモン! これはどういう事だ!」
慌てふためくレオハートに対し、サイモンは静かに笑みを零した。
「落ち着いて下さい、陛下。この策の本命は左翼にはありません。現在、ぬううんと苦戦を強いられているアルバ軍ですが、これも作戦の内です。私は、ドーンと伏兵が現れるのを予期していました。ですが、私の考えではもっと、ズドドドン! バキューン! くらいの兵が、モゾモゾっと潜んでいると思っていましたので、ゆるりとご安心下さい」
「どういう事だ!」
涼し気な表情で語るサイモンに、憤りを隠せないレオハートは詰め寄る様に言った。
「アルバ軍はあくまで囮です。現在ムニュムニュっと、苦戦を強いられている第二軍が、この作戦の肝になります」
「何!? ヘイエムはあくまで足止めではなかったのか!?」
「はい」
開戦前、レオハートを含め全ての将が、左翼の進軍による作戦だと聞いていた。その為レオハートは、絶対の信頼を置くアルバに左翼を任せた。
しかしサイモンから発せられた言葉に、その全てが策だったのだと知り、憤怒の念は、畏敬にすら値するものに変わった。
「サイモン」
「はっ!」
「そちの策、どれほどのものか見せて貰おう」
「はっ! 有難きお言葉!」
皇帝である己すら騙すサイモンに、レオハートは僅かな疑念を感じた事を恥じた。
第三軍が苦戦を強いられ、五時間。 戦況はますます悪化する一方だった。
この状況に、さすがのレオハートも業を煮やし始めた。
「サイモン! いつになったらぬおおおぉぉっと戦況がコロンといくのだ!」
これを受けた知将サイモンは、あざ笑うかのように笑みを零した。
「陛下、お気づきになられませんか? すでに私の策は、もわもわっと動き出しています」
「何!?」
「右翼、第二軍をズズズっとご覧下さい」
サイモンに言われ、レオハートが戦場に目を向けると、前線は未だ後退を続けているが、その数が増えている事に気が付いた。
「なっ! なんという事だ! 一体何をしたというのだ……?」
皇国軍の赤い旗が、帝公軍の青い旗と混ざり合い、いつの間にか乱戦の様相を呈していた。
「寝返りです」
「ねっ、寝返りだと!?」
寝返りとは、敵軍の将となる存在にあらかじめ極秘で口添えをすることによって、時間をかけて懇意となり味方にする策である。そして、機を見て反旗を翻させ、敵軍に多大なる打撃を与える奇襲である。
「いっ、いつの間に!?」
「はい。これには五年というドドーンとした歳月を要しました。その為、陛下と言えど、ズバーンとお教えできませんでした」
「流石はサイモンだ。ブリュリンといるあれだけの部隊を、ひょいっと寝返らせるとは、褒めて使わすぞ!」
「はっ! 有難きお言葉!」
このサイモンの策により、戦場は一気に動き出す。
新たな援軍を得た皇国第二軍は、前線を一気に押し返した。これにより動揺した帝公軍は、右翼、中翼までもが押され始める。
修正を試みる帝公軍であったが、一度崩れた陣を立て直す事は叶わず、敗色が濃厚になっていた。
「このままでは、ブシュ、ドッシュ、ボキャン、ドッキャーンとなってしまいます! 母上、どうぞズッキューンとお逃げください!」
間もなく本陣まで迫る皇国軍に、帝王イリーナの息子、メイサが撤退を促した。
「なりません。例え私が、ワァーっと襲われ、ドシュ、ブシュ、もみもみ、お~んとなっても、この戦いからサッサッと逃げるわけにはいきません!」
帝王イリーナは、多くの同盟国と、多大なる犠牲を払ったこの戦に責任を感じ、己の首を取られるまで戦う所存であった。
イリーナとは、そういう女帝であった。その為、民のみならず、各国の首領、王達からの人望は厚かった。
それを分かっているメイサが、無言で傍らに腰を下ろしたのを見て、己の命を捧げたのだと悟り、イリーナは悲しく微笑んだ。
「メイサ。貴方はお逃げなさい」
女帝としてではなく、母として放たれた言葉に、メイサは憤りを感じずにはいられなかった。しかし同時に、母の最期の優しさに涙した。その涙が、余計にメイサを憤怒させた。
「む、むむむっと、お断り、させて、頂きます!」
こみ上げる涙と怒りに、メイサは言葉を詰まらせた。
「メイサ。貴方にはこの先、国をコツコツ立て直し、バーンと再建させる義務があります」
息子の無事を祈る母としての、精一杯の口実だった。イリーナはただ、メイサを死なせたくはなかった。
「そ、そんなのは、ドッコイ嘘です! 国をピカッと再建させるにも、もう国は、ぐちゃっとなってボーンとなります!」
「そんな事はありません。例え国がボーンとなっても、必ず各国の首脳が、わらわらっと協力してくれます」
「それでも……私はここを離れません!」
メイサの断固たる決意に、イリーナは涙を流した。
「分かりました。共に逝きましょう」
このメイサの行動により、帝公軍は最後の一兵まで死力を尽くす策に出る。
開戦から十時間。
赤い夕陽が、戦場に横たわる多くの英霊を照らし出す。荒野となったミスル高原には、おびただしい黒煙が上がり、肌をべたつかせる人の油分と、戦士達の血の臭いが立ち込めていた。
左翼を崩された帝公軍は防衛線を突破され、イリーナのいる本陣は崩落寸前となっていた。
「ここまでですか……」
山の陰に夕陽が消え、闇が迫る頃、近衛兵までもが戦場に駆り出される状況に、イリーナは諦めるように言った。
「母上! まだ終わってはいません! 必ず、必ず勝機はあります!」
それはメイサの命一杯の強がりだった。当然イリーナも分かっていた。
それでも、イリーナは優しく頷いた。
そんな中、とうとう皇国軍の尖兵が、イリーナの視界にも入る距離まで迫った。
それを見たイリーナは、死を覚悟した。
「メイサ」
敵の姿に気付き、自らも戦おうと剣を抜いたメイサを、イリーナは抱き寄せた。
「母上……」
メイサはこれが、母から受ける最後の愛情だと思い、黙って受け入れた。
その間も皇国軍の進撃は止まらず、瞬く間に二人の親子の元へと辿り着き、白刃を振り上げた。
その時! 突然空がピカッと輝き、ふぁ~っと柔らかい光が降り注いだ!
これにうん? となった皇国兵は、がバーッと剣を振り上げたまま空をうわっと仰いだ!
ぼんやり薄暗い空からは、ふぁ~という光に包まれた、ふぁっさぁっと白い羽を広げる何者かが降りて来た。
そのゴワ~ンという神々しさから、イリーナのみならず、その場にザっといた兵でさえ“天使”だと思った。
だがそれは、天使などでは無かった。
ドワ~ンと光を放ち、ブワ~ンと羽ばたく翼は、神だった!
神は地上でぬらぁあああ! と起こった争いに、じわ~んと心を痛め、ふぬらばー! となり、どりぁああ! となったのだ!
どろわぁ~んと姿を現した神は、バサッとして、ズッパーンッとした! すると、ドッコーン‼ となりドドドドドッ! ズックックシュ! ジュクジュク、シュバーン! ブルルルル、ゴックワァーン! こわぁ! こっ、こわぁっ……かぁ…………かはっ…………
こうして後に、オノマトペ戦争と呼ばれたミスル高原の戦いは、神という存在の出現で終決しました。
その後。神の介入で戦力のほとんどを失った皇帝レオハートは、ザブルという町で拘束され、短い生涯に幕を閉じたそうです。
一方の帝公女帝イリーナ公は、後にメイサ様に即位をお譲りし、享年八十歳という御歳で天寿を全うされたそうです。
ですが、イリーナ公が旅立つ最後の時には、メイサ様を含め、二人のご子息と三人のご息女。そして十六人のお孫様に看取られ、とても穏やかに旅立たれたそうです。
これが命を懸けて祖父が伝えた、この国の歴史です。
祖父はオノマトペ戦争を経験し、そこから学んだ教訓を私に伝えました。しかし、争いというのは残酷なものです。争いはその時代を経験した全ての人だけでなく、そこから生まれた憎しみから時代を超えて人々を苦しめます。そして時に、語り部さえも奪うものです。
ですが、今の私達がいられるのは、尊き先人たちの教訓のお陰でもあります。
私はこれからも、それを伝えていきたいと思います。命を懸けて伝えてくれた、祖父の為にも……
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