4人目のフュジティヴ
霧雨魔法店から博麗神社へ場所を移した鈴仙達は縁側に座っていた。あそこでは如何せん数多くの道具が足の踏み場を占拠しており、とてもくつろいで話ができるような場所ではない。霊夢が人里へ行っている間の留守番という条件付きで神社に妖怪兎たちが蔓延っていることを許可したのだ。それにジメジメとした魔法の森よりも空気の澄んだ麓の神社の方が居心地は良い。
「私のことねぇ……」
彗青は鈴仙に自分のことを聞かれ話す内容に詰まっている。誇れる経歴や性格も持ち合わせていない自分に何を話せというのか。どうこうしているうちに緋燕が全員の前に立って自己紹介を始めた。
「じゃあ改めて自己紹介、私は緋燕。好きなものは武器で嫌いなものは退屈な物全て」
胸を張り仁王立ちする緋燕に鈴仙は質問を投げかける。彼女は緋燕とは面識があったが、よく盗みを働くこと以外の細かいことは知らない。
「あなたの能力は?」
「私は『武器を作る程度の能力』を持っていて一度触れた武器だったら何でも作れるよ」
緋燕は軽機関銃をその場で作って見せた。地上に存在しない素材で作られたそれは太陽光でブラックスピネルのように光る。
「良い弾幕を張れるなら使ってみる価値がありそうだな」
魔理沙は緋燕の持つ銃を物珍しそうに眺め、拳でコツンと小突いたりして色々調べている。
「武器だけを作っても弾が作れないと意味なくない?」
秋翠が能力の不完全な点を指摘すると彗青も「確かに。すぐに弾切れを起こすし」と同調する。鈴仙も頷くと緋燕はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。緋燕はおもむろに銃を空に向けトリガーに指をかける。そして思い切り指を引くと銃口から雨のように光弾が発射された。同時に発砲音が辺りを反響しながら跳ね回る。縁側に座っていた鈴仙達は咄嗟に耳を塞いだ。
「弾は自動装填されるんだよ」
音が止み、光線も消えたところで緋燕は軽機関銃をその場から消滅させた。
「分かり易い説明ありがとな」
「でも撃つ必要はないでしょ?」
鈴仙と魔理沙が眉間にしわを寄せながら言うと緋燕は「百聞は一見に如かずだよ」と得意げに返す。腹の虫がおさまらないといった顔の鈴仙の横で微笑む彗青。それを見て気になった秋翠が「どうしたの?」と訊く。
「元気だから嬉しいと思っただけ。昔はこんなに陽気じゃなかったから」
すぐ隣の鈴仙が「そうなの?」と反応する。
「昔は色々と忙しかったからな~。始末書の……じゃなくて始末書をいっぱい書かされたからねぇ」
緋燕は瞼を閉じて腕を組み、過去を懐かしむように話す。すると秋翠が「何をしたらそんな何回も始末書を書かされるの?」と率直な質問を投げかける。
「私が所属してたファルコンラヴィは物資の管理とかが主な仕事なの。だけど私はそれらをくすねたりドジ踏んで壊したりしたから」
緋燕は右斜め上へ視線を逸らして恥ずかしそうに頭をかく。鈴仙はやれやれといった表情をする。
すると彗青が踏ん切りをつけたのか勢いよく立ち上がって皆の視線を集めた。自分を理解してもらうには何の飾り気の無い、ありのままを話すしかないと思い口を開く。そうしている間に神社の主が帰って来た。その腕には一冊の本が抱えられている。
「お、帰ってきたぞ」
魔理沙が待っていたかのように口に出して言うと巫女が気づいてこちらへと顔を向けた。
「なんだまだ居たの?」
霊夢が神社に何か変化がないか首を動かして辺りを見る。特に変化はなく、誰も暴れていないことを確認したところで縁側へ向かう。そこで彼女は紫からの依頼を思い出した。あの3人の玉兎が監視しなくてはいけない程に重要な存在であることを思うと少し身構えてしまうのだ。
「まだお茶を飲んでないぜ」という対して「ここはお茶屋じゃないのよ。」と呆れたような声で返す霊夢。こういう他愛のない会話が霊夢の緊張を少し軽くしてくれる。魔理沙も彼女のほんの些細な変化に感づいて、気を使っているのかもしれない。
「そういえば5人で来たって言ったわよね? 後の二人の行方とかって分からないの?」
鈴仙が思い出したかのように聞く。緋燕から聞いた話では5人で地上に降りたということだがまだその内の3人にしか会っていない。霊夢は5人も地上に降りた玉兎がいることを初めて聞き、心の中で驚いた。
「名前も知らないし容姿とかもうろ覚えだしなー」
「確か黒いのと青いのが居た気が……」
緋燕と彗青が薄い記憶を遡っているが顔などの情報が出てこない。つい数日前に見た顔は圧倒的な情報の濃霧に埋もれて消えてしまっている。
「一人だけなら知ってる」
懸命に頭の中を探っている二人を差し置いて秋翠はいとも容易く問題の解決へと導く発言をした。それに食いついた鈴仙はすぐさま「それはどこ?」と問いかける。
「森の入り口の道具屋に通っているって」
魔理沙はすかさず「香霖堂だな」と場所を特定する。
「そこにいるのね四人目の脱月者が……」
鈴仙達は例の玉兎に会うため香霖堂へ向かうことにした。
***
―――香霖堂。店主の森近霖之助は厄介な妖怪に頭を悩ませていた。最近毎日やって来る妖怪兎が執拗に彼の"非売品"を欲しがるのだ。
「ほんとにほんとに駄目ですか?」
「君もしつこいな。何度も言うがこれは売り物ではないんだ。いくら出されても……」
「せ、せめて見るだけ触るだけ……」
彼女こそが鈴仙が探している玉兎の一人、名前は鋭。彼女は物を解体することに喜びを感じている不思議な兎で構造が複雑な物ほど喜びの値は増すのだという。
「どうせこれも解体するつもりなんだろう! 元にも戻せないのに!」
画面が映し出される鉄の板を鋭から必死に守る霖之助。近くには何かの部品とみられる銀色の棒やばねが散乱しているが他にも商品などが無造作に置いてあるためそこまで気にはならない。
「次は大丈夫です! 今度は分解の順序を覚えるんで!」
その時、店のドアが開き二人の少女が入ってくる。霖之助は鉄の板を魔の手から必死に守っているが「いらっしゃい」という挨拶を忘れない。目の前の光景が入店する少女達の歩みを止める。その状況の理解ができず困惑しているからだ。
「何やってるんですか?」
一人目の少女、鈴仙が霖之助に問いかける。その後ろに立っていた秋翠も何事かと顔を覗かせた。
「やっぱりいた」
その小さな一言で鈴仙は店主と争っているこの兎の少女が四人目だと悟った。だが鈴仙は目の前の玉兎が本当に脱月者なのかと少し疑問を抱いた。彼女は人の波長を読み取れるために、性格などが大まかにわかるのだ。鈴仙が鋭の波長を読んだとき感じたのが『異様なほど安定』だ。
(地上に降りてからは大体波長は不安定になるのだけど……適応力が高いのかしら?)
鈴仙が首をかしげて思考を巡らせていると秋翠に名前を呼ばれながら肩を叩かれてそれは断たれる。
「あ、彼女があなたの言ってたの?」
「そう、鋭っていうんだけど。どこか緋燕と似てるところがあるんだよね」
鋭と飛燕、二人は何かに対して非常に強い情熱がある点が似ていると秋翠は評価している。そのことから鈴仙は“はずれ”だと思っていた。癖の強そうな彼女が何か情報を握っているようには思えず、月の刺客というのもいないものだと鈴仙は考えており内心安心しきっていた。
「あのーお取込み中悪いのだけど……」
争う二人の間に鈴仙が割って入ろうとする。すると霖之助はうんざりしたような低い声で「こいつ君の仲間だろ。どうにかしてくれ」と言い放つ。彼はこの二羽が進んで自分を助けに来たわけではないことを承知しつつも助けを乞う。
「もちろんそのつもりでここに来たのだけれど」
そう言われようやく厄介者から解放されると思い体が軽くなるのを感じた霖之助。そんな彼に他の兎の仲間と言われた鋭は鈴仙の顔をまじまじと見つめた。彼女の黒い瞳に穴が空くほど凝視され、鈴仙は顔を赤くして視線を逸らした。自分をなんとかしに来たはずなのにこのざまでは笑えない。
(なにこの頼りなさそうな兎は)
そんなことを思いながら鈴仙へ視線を送り続ける。この空間に位置する者たちはその様子をじっと黙視していたが、口をつぐんでいた秋翠が「なにしてるの」と静寂を破った。「私に用があるのですよね?」と鋭が続くと鈴仙はハッとする。
「そうよ、ここに来た理由を聞かしてほしいのよ」
そう訊くと鋭は眉をひそめた。ついさっきとは全く別人の様な眼差しは彼女があの三人とはまた違った曲者であることを証明する。だが玉兎は大抵性格に難があったりするもので、当然の反応なのかもしれない。
「……なぜそれを?」
「ただ単に気になっただけよ」
「怪しいですね。いつぞやにXX様に匿ってもらった玉兎がいるって噂を聞きましたけど。もしかしてあなた例の部隊の所属だったりします?」
鋭は次第に煽り口調になっていき鈴仙の頭に血がじりじりと昇っていく。それと同時に体が噴火直前の火山の如く震え始めた。だが鋭は喋るのをやめない。
「図星なんですね」
ついに堪忍袋の緒が切れた鈴仙が怒りの元凶の胸倉をつかもうと手を伸ばすが秋翠に阻まれる。
「鈴仙はオリオンの兎じゃない!」
普段ぼそぼそ喋る彼女がここまで声を張り上げるのは珍しい。それゆえ鋭も気迫に気圧され、喉まで出ていた声を押し込めた。
「ごめんなさい、あなたにも事情があるのに……」
鈴仙が申し訳なさそうにするが「い、いえ! そんな滅相もない。私は……」と鋭が否定する。鋭は首を垂れてぼそぼそと何か話していたがとても聞き取れるような声量ではなかった。地上に降りて間もないころに仲間から疑われて不安定だと思った秋翠はまた後日会うこと約束し鈴仙と共に店を後にした。
「さて……」
静まり返った香霖堂で一人呟く声が聞こえ店主は青くなる。助っ人は店で口論をしてさっさと帰ってしまい、何の解決もしてくれなかった。
「誰も僕に救いの手を差し伸べてくれないのか!」
そう叫んだ矢先、好奇心の獣は真っ白な歯を見せて手中の宝に飛びついてきた。