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月兎大亡命  作者: タナカ
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賢者からの依頼

 夜が()り、すっかりあたりは闇に支配されてしまった。迷いの竹林の奥深くに建つ永遠亭ではいつまで経っても帰って来ない鈴仙を待つ永琳が正面の入り口に立っていた。


「イナバはまだ帰って来ないの?」


 輝夜が首を左右に動かして鈴仙らしい人影がないか探す。山菜採りを頼んでから鈴仙の姿を丸一日見ていない。


「一人で帰ってきたてゐの言う通りならば、魔理沙に捕まって何かされていると考えるのが普通ね」


「もしあの良からぬ兎に接触していたら……」


「あの子は強いわ。実戦経験のない月の兎に劣ることはまずありえない」


輝夜は「そうだね」と頷く。曇りがちな彼女の顔も次第に晴れ晴れしてきたが、対称に永琳の顔は険しいままだった。


「けれども気を抜いてはいけないわ。もしかしたらただの偵察部隊でこちらの様子を伺っているのかもしれない」


 玉兎の兵隊と一口に言っても様々な役割を持つ部隊が存在する。基本的な戦闘を行う部隊に限らず、情報処理を専門とした部隊、大型兵器を扱う部隊、地上を調査する偵察部隊など等々。またそれらを指揮する玉兎達で編成される部隊も存在する。


「何にしても情報が足りないわ。ウドンゲの帰りを待つことしかできないわね」


 永琳は踵を返して戻ろうとするとどこからかガサリと不自然な草の動きを耳にする。


「誰?」


 永琳が音の方向へ視線を向けるとそこには疲労困憊ひろうこんぱいした弟子がよろよろと歩いていた。


「師匠~ただいま戻りました~」


 今にも倒れそうな鈴仙を見て永琳はすぐさま駆け寄る。


「大丈夫?」


 鈴仙の体を支えながら永琳は永遠亭へ入る。その時にはもう鈴仙の視界は暗く、意識は飛んでいた。次に彼女が目にしたのは自分の部屋の天井だった。体にはずっと待ち望んでいたふかふかの布団がかかっている。眼球をぐるりと回してあたりを見まわすと障子の隙間から覗く光が目を焼き付ける。


「おはようウドンゲ」


 襖が開くと永琳が現れる。その手に湯呑があり白い湯気が上へ上と昇っていた。


「あ、おはようございます師匠」


 鈴仙は起き上がって湯呑を受け取る。熱くなくぬるくない丁度いい温度のお茶を飲むと全身がぽかぽかとする。


「一昨日から何があったの?」


 鈴仙は一息ついてから事の顛末を話す。永琳は黙ってそれを聞いていた。


「……というわけなのです」


「それはとんだ災難だったわね」


 同情する永琳に「もうアイツったら……」と鈴仙が愚痴をこぼす。すると永琳が思い出したかのようにある事を尋ねる。


「そういえば降りてきた兎から何か聞いた? 月の様子、亡命の理由等々」


「いえ、特に。私も最初は月の差し金かと疑いましたが誰もそんな雰囲気の子ではなかったです」


 問いかけに即答する鈴仙、永琳は目を細めて更に質問を投げかける。普段から温厚で優し気な彼女がこのようになるのは珍しい。鈴仙もそれを察している。


「“例の部隊”に所属している玉兎は居なかった?」


「……多分居ないと思います。皆お粗末な戦闘が目立っていましたし」


 例の部隊、それは選りすぐりの玉兎だけで構成された兵士(ソルジャー)諜報員(エージェント)を兼ね備える部隊。どんな任務もこなし、どんな敵とも戦う。上層部の思うがままに行動する最強の手駒。その姿を知る者はごくわずかだ。


「彼女らは雰囲気や行動では見分けることはできないわ。そこで急で悪いのだけどその玉兎達の情報を探ってきてくれないかしら」


「すみません、私まだ疲れが取れてないのか体が上手く動かせなくて……」


「ふふふ、丸一日眠っていてもまだ疲れが取れないなら特殊な強心剤でも打たないといけないわね」


 永琳が不気味なほど清々とした笑みを向けると鈴仙の身体中が一瞬にして氷河期に入る。彼女は永琳がどんな薬を自分に投与するのか気が気でなかった。強心剤と称しておぞましい物を打つかもしれないという妄想に囚われてしまった鈴仙は「いえ結構です。動かしてみると意外と問題無いようです」とすぐさま前言を撤回し、冷えた体にお茶を流し込み温める。


 とは言えこれらは鈴仙の中で作られた永琳のイメージでしかない。自分に逆らおうとする玉兎をデブリで亡くなったことにしようとしたり、何かと即断で殺そうとしたりするからかもしれない。


「別に今すぐ行けというわけではないわ。今日中ならいつでもいいのよ」


 そう言い残して永琳は部屋を後にした。一人残された鈴仙は湯呑の底を眺めてため息をこぼす。


「最近忙しいなぁ……」


 布団から出ると鈴仙は着替えを済ませて食事を摂りに行く。


***


 幻想郷は意外と狭い。鈴仙がそれに気づいたのは永夜異変の後だった。空から見渡しても分からないが一日中この世界を巡るとその小ささが実感できる。


 鈴仙は玉兎トリオから話を聞くために魔理沙の家へ向かった。するとすぐに何か作業をしている彗青達が目についた。緋燕と彗青は何か喋りながら熱心に庭に種を植えていた。


「あ! 間隔が狭いよ。もっと距離離して!」


「緋燕は逆に離れすぎてるじゃん。あんたも人のこと言えないね」


 二人が互いの埋めた種を掘り出して各々の間隔で埋め直す。秋翠はまだ残った植物にじょうろで水をやっている。すると近づいてくる鈴仙に真っ先に気づく。


「あ、鈴仙おはよう」


「おはよう。仕事はどう?」


「昔の職場よりよっぽどいいね。なんか退屈しないから」


 そう言って秋翠は種まきをする彗青と緋燕へ視線を移した。するとそれに気づいた二人が鈴仙たちの方へ駆け寄ってきた。


「鈴仙、一昨日はごめんね。私のせいで一日中連れまわして」


 緋燕が頭を下げるが鈴仙は「いいのよ、自分で決めたことだし」と言うが目の前の兎が頭を上げようとしない。余程気にかけていたことが伺える。


「私も後先考えず行動したせいで色んな人に迷惑をかけちゃったし……」


 続いて彗青も頭を下げるので秋翠も「私も」と他の二人と同じ態勢になる。鈴仙は周りの玉兎全員に頭を下げられ少し困ったような顔をする。


「もうみんな顔を上げて。私は気にしてないから」


 三人は同時に顔を上げて鈴仙の顔を見る。鈴仙は三人全員が同じ表情、姿をしているのがおかしくなり少し噴き出してしまう。なぜ笑ってしまったのかは鈴仙にもよく分からなかった。


「何がおかしいの!」


 以外にも食いついたのは秋翠で眉を吊り上げて鈴仙に詰め寄る。彗青と緋燕は互いの顔を見合わせて何故目の前の人が笑ったのかを考える。


「だって……みんな同じような顔と姿だからなんかおかしくて」


 理由を説明している間も鈴仙はお腹を抑えてこみ上げる笑いをこらえてようと必死だった。秋翠はうなりながら未だに互いの顔を見合わせている二人の手を引っ張り「鈴仙なんてほっといて作業続けよう!」と声のトーンを上げて言う。


「何だ何だ、何かと面白い事でもあったのか」


 鈴仙が大きく魔理沙が外へ出て確かめに来た。最初に彼女の目についたのは全身をくすぐられたのか涙を流しながら笑い転げる少女だった。


「何やってんだ?」


 魔理沙がきょとんとしている彗青に訊くが両手を上げて肩をすくめるばかりである。その後笑い疲れた鈴仙を家に上げて魔理沙は要件を尋ねた。もちろん玉兎三人組もいる。


「そうそう、今後幻想郷で暮らすなら同じ玉兎としてあなた達のことを少しは知っておいた方がいいかなと思って……」


「そうだな。お互いを知ることはいいことだぜ。それに月の奴らはどいつもこいつもおっかないからな」


 魔理沙が冗談を交えながら笑うと周りもつられる。ただ鈴仙はその冗談が本当にならないから心配だった。


***


 未の刻、霊夢は鈴奈庵から借りた本を手に神社への帰路を辿っていた。この頃彼女は謎の売れっ子作家、アガサクリスQの推理小説に夢中だ。それを読むことが今の霊夢の一番の楽しみなのだ。今日も上機嫌で道を歩いていると突如目の前に派手な装飾の“スキマ”が現れる。


「ちょっと紫!」


 霊夢はそのスキマを出現させた妖怪の名を呼ぶ。するとそこから金色のロングヘアーを携えた少女、八雲紫がびっくり箱の人形のように出てくる。


「もう脅かさないでよ」


「あらごめんなさい。貴方ならすぐ気づくと思って」


 紫は少し笑いながらスキマから体を完全に外に出し、地面へと足を付けた。


「まぁいいわ。それで何の用?」


「霊夢と昨日一緒に居た兎、十分に監視をつけておきなさい。部外者は信用ならないわ」


 霊夢はあの三人の顔を思い出す。とても紫から監視を付けられるほどの危険人物には見えない言動。賢者からの依頼を『めんどくさい』の一言で断ろうかと思ったが幻想郷で暴れまわったこともまた思い出す。


「ふーん……わかったわ。監視の目を強化しておくわ」


「ふふ、それでこそ幻想郷一の巫女」


 そう言うと霊夢は「まぁその程度のことお茶の子さいさいよ」と返す。


「頼むわよ」


 紫はそう言い残してスキマの中へと消えていった。


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