決裂の会談 下
その声は確かに鈴仙の背後から聞こえた。彼女は衝撃のあまり、言葉が喉でつっかえてしまった。石段に残った真っ黒な焼け跡がLMP1の威力を物語る。そのグリップを握るその少女のまなざしはどこまでも透き通っており、決意に満ち溢れていた。
「秋翠、どうして?」
緋燕が啞然とした顔で近づこうとすると秋翠は撃つぞと言わんばかりにトリガーに指をかけ、プレッシャーを与える。それを見て、鈴仙は緋燕を手で制した。
「理由なんてどうでもいいでしょ? 私はただ彗青を助けたかっただけ」
秋翠がそう言う間、銃はプルプルと小刻みに震えていた。顔も俯いており、暗い影が落ちている。実戦経験も無ければ訓練も少ししか受けていない彼女が他人に銃口を向けるのは初めてなのだ。その様子を見かねた緋燕が「もうやめようよ!」と今にも泣きそうな目で彗青に訴えかける。すると彗青は少し目線を逸らし、困ったような顔をする。
「もう月にいた頃の変なプライドは捨てなさい! いつまで経っても成長出来ないと地獄に落とされるわよ」
怒鳴る鈴仙に気圧され、彗青の足は小鹿のように震えていた。すると秋翠が「そんなキツイ言い方!」と銃口を空へ向けて威嚇射撃をし、その後また鈴仙へそれ向ける。
「もういいから秋翠、私が悪かったんだ」
落ち着きを取り戻していた彗青は自らを庇うため武器を取った兎へ静止するよう呼び掛ける。だがそれは「良くない」という言葉で即座にはねのけられた。
「そもそもなんで鈴仙は彗青を突き出そうとしてるの?善意? それとも雇われてるの?」
「後者に近いわね。私が真っ先に疑いをかけられたからこうして探していたのよ」
そう説明するが秋翠は納得していない様子だった。二人の睨み合いが暫く続いた。日が完全に沈み、辺りに闇が落ちていく。
「あまり人の敷地で物騒なことしないでくれる? 変な噂が立つと参拝客が減るんだから」
そんな静寂を破る一つの声が石段を降りてきて、玉兎達はその方向へと視線を向ける。暗くて顔は見えづらいが派手な赤色の巫女服を着ている少女だということは確かに分かった。
「霊夢!」
反射的に鈴仙は石段を下りる少女の名を発した。ここに住まう巫女服の少女は霊夢しかいない。飄々とした彼女は辺りの様子を見ながら一段ずつ石段を下りる。しかしある所で急に歩みが止まる。
「あぁー!! 石段が黒ずんでる!」
目を見開いて大声で叫ぶ霊夢はかがみこんでどこからか取り出した雑巾で焼け跡を拭く。しかし拭けば拭くほど汚れは広がる。その様子を見ていた玉兎一同の考えは同じだった。この人の逆鱗に触れてしまったと。
「あ、あんたらね……」
霊夢は全身を震わせてその憤怒を見える形で表す。だが鈴仙達には霊夢の体を通して出るじりじりとした熱い炎が見えていた。それは四羽の兎を今にも飲み込もうとしている。
「まずいわね……」
そう鈴仙の言葉を号令に緋燕、秋翠、彗青は一斉に後ずさりをし始めた。
「全員兎鍋にしてくれるわ!!」
霊夢がそう叫んだ後、服の袖から銀に光る一尺ぐらいの針を取り出した。封魔針と呼ばれる彼女の強力な飛び道具の一つだ。それを近くにいた彗青めがけて一直線に投げた。
針は彗青の髪を数本切り裂き、石段にぶつかってカランコロンと転がる。その様子を見て緋燕は「逃げろぉ!」と叫びながら背を向けて飛ぶ。同時に秋翠と彗青も逃げようとする。
「ちょっとあなた達!」
鈴仙が三人を呼び止めようとするが彼女らは聞く耳を持たない。
「逃がすものか!」
霊夢は逃げ遅れた彗青の首根っこを掴んで引き寄せる。それに気づいた秋翠は「彗青!」と叫んで振り返り、巫女へ銃を向けた。すると霊夢は捕まえた兎を盾にして撃てないようにする。
「人質を取るなんて……」
「人の家で騒いだり、汚したりで謝りもしないのもどうかと思うわけど?」
彗青を盾にしたまま霊夢は徐々に秋翠へ距離を詰める。盾にされている少女は「秋翠早く撃って! ほら!」と射撃するよう催促するが秋翠は戸惑っており、ただその場で銃を向けて静止しているだけだ。
「目塞いで息止めて!」
彗青は言われた通り息を止めて目を塞いだ。その瞬間、三人の辺りに真っ白な煙が発生する。緋燕の催涙弾が空中で炸裂したのだ。彼女の言われた通りにした者以外は腰を折ってゴホゴホと咳き込んでいる。霊夢の盾役だった彗青は煙幕から脱出して後の二人を待つ。
「ここから逃げるよ」
そう言った緋燕の肩には秋翠が担がれていた。かくして三羽の玉兎はかの博麗の巫女から逃れることに成功した。
その後、霊夢は神社に戻って取り残された鈴仙に話を聞くことにした。
「あんたは逃げないのね」
「その必要がないもの。話せば分かる人間だから」
そう言いながら鈴仙は水を汲んだ桶を持ってくる。それで霊夢は顔を洗ったりうがいをしたりした。
「賢明ね。さすが地上に慣れた兎は違うわね」
霊夢はそう言いながらも少し咳き込んでいた。彼女は顔を拭くために神社の居住スペースへ入っていく。鈴仙もその後を追い、その間に今までの状況を説明した。
「ふーん。ややこしいことになってるのね」
二人は小さな木製の円卓を挟んで会話をする。
「もう大変よ、昨日は一睡もしてないんだから」
鈴仙は卓上で頬杖をつきながら「まぁ私くらいならこの程度問題ないけどね」と言う。
「手際よくしないと今日も眠れないかもしれないわよ」
「今日こそは絶対に暖かい布団へ帰ってやるわ。」
霊夢と鈴仙の珍しいコンビは立ち上がり、博麗神社を後にする。
***
博麗神社から少し離れた森の中、何とか逃げ切った玉兎達は飽きず言い合いをしていた。
「本当に面倒なことをしてくれたね。どうしてくれるの?」
溜まっていた疲れを癒すために緋燕は傍の木にもたれかかる。そして腕を組んで深いため息をついた。
「緋燕はあの地獄を経験していないからそんなことが言えるんだし」
彗青は緋燕に顔を近づけて話すが彼女はそっぽを向いて目を見ようとしない。
「そもそもなんで真っ先に話してくれなかったの? 私じゃ頼りにならない?」
「盗人が何を言う!」
いきり立った彗青はふてくされる兎の胸倉を掴み無理矢理こちらを向かせようとする。だが予想外にも緋燕が無抵抗だったことと、彗青の引き寄せる勢いが強いことが原因で二人は互いに頭をぶつけあってしまった。
「痛ッ!」
二人は同時に赤くなったでこを手でおさえて互いに睨み合う。
「やったな……」
そう言う緋燕の目は少し潤んでいた。勢いでぶつかった彼女の方が与えられた痛みが多かったのだろう。
「そっちこそなんで無抵抗なの……」
彗青は今にも嚙みついてくる犬のように白い歯をぎらつかせていた。催涙ガスの効果を落とすため川へ行っていた秋翠が戻ると二人の間で火花が閃いていた。すぐさま状況を察した彼女はその中に割って入り一声。
「今喧嘩したところで意味ない! これからどうするか考えることにエネルギーを使って!」
その一言で二人の心は消し止められる間際の炎のように静まり返っていく。びしょびしょの顔の兎を見て彗青は「目や喉はもう大丈夫?」と訊く。
秋翠はブレザーの袖で顔を拭きながら「うん。全部洗い流したから」と答える。
「ごめんね秋翠」
催涙弾を放った緋燕は責任を感じ、秋翠を気に掛ける。
「ホント大丈夫だから。それよりも早く……」
秋翠がそう言いかけた時に「見つけたわよ」と真後ろから凛とした少女の声が聞こえた。三人が同時に振り返るとそこには鈴仙と霊夢の二人が立っていた。