エグザイル
エグザイルって歌って踊る方じゃないですよ
灯り一つとない竹林で二羽の兎が言葉を交わしている。赤い方はもう一方の薄紫の方の手を握り「おぉ、神様」などとひどく感謝している様だった。
「それで、どこにいるの?」
「わからない。けど通信すれば出てくれるでしょ」
緋燕の適当な返しに鈴仙は不安を感じられずにはいられなかった。何せ何人もの人がこの兎に騙されているのだ、安易に信用するのは悪手だ。鈴仙自身、詐欺師の兎の知り合いに何度も騙されている。狐よりも兎につままれているのだ。
「本当に連れていってくれるのね?」
念を押すように言葉に強弱をつけると「も、勿論よ。任せておきなさい!」と胸を叩いた。だが緋燕の顔は不気味なほど晴れ晴れしていた。それには何か裏があるのか、この時の鈴仙は知りもしなかった。
「じゃあ始めますか」
緋燕はそう言うと自分の白い耳を持ち上げ始めた。鈴仙に「そんなことする必要ないでしょ」と突っ込まれるが言葉が届いていないのか無視をされる。それから数十秒、緋燕は「復唱する」と報告した。彼女は何か聞き取ったのだろう。だが鈴仙には何も聞こえなかった。玉兎の通信は不特定多数に送る広範囲送信と個人に送るものが存在するからだ。
「追われている、助けて。この女の人撃ってくる……」
その言葉を聞いた時、鈴仙はやっと疑いの目から逃れられると思い、肩の重石が消えて軽くなった。彼女の読みだと撃ってくる女の人というのは魔理沙で、追われているのは鈴仙に似た他の玉兎だろう。
「何があったのか聞ける?」
緋燕は目を瞑ってまた通信し始めたが返答が返ってこなくなったのかおもむろに持ち上げていた耳をおろし、鈴仙に向かって首を横に振った。
「駄目みたい、結構危険な目に遭っているっぽい」
鈴仙は今日中にふかふかの布団に帰れないことを確信してため息をついた。その際にふと気になっていたことを思い出したので聞いてみた。
「そういえば昨日通信してきたのって……」
「あー? 多分イーグルラヴィの娘だと思う、地上に現地部隊の仲間がいるとかいないとか」
気になった鈴仙が「さっき通信したのはその娘なの?」と問うと「違うよ」と緋燕は即答する。
「それで何人で来たの? 詳しく教えて」
鈴仙の中で不安の種が発芽し、地上に顔を出そうとしていた。あの日が再来しようとしている、奴らが動くかもしれない。それらに心は支配されそうで今にも膝が笑いそうなのだ。
「5人よ、その中に私の友達が一人いたけど詳しくは知らない。初対面だったし」
そんなことはいざ知らず、緋燕は淡々と質問に答える。実際に彼女にも危機が迫る可能性があるというのに。鈴仙はそう思い、知らぬ間に流れていた冷や汗をぬぐった。
「結構大人数で来たのね……」
「最初は人数が多いから不安だったけど、何か正式な許可で地上に降りられてさ。鈴仙が来た時もそういうのは出てたの?」
鈴仙は驚くべきことを耳にした。彼女が幻想郷に来るときはなんとか監視の目をかいくぐってやっとのことで逃げられたのに対し、正式な許可で地上に降りたと言われればこの大きな耳も流石に疑ってしまう。
「正式な許可って?」
そう聞かれると緋燕は「私もよくわからない」と首を捻る。これから先のことを考えると顔が青ざめる鈴仙。積もる不安はプレッシャーになり、全身を石の如くこわばらせる。そんな彼女の様子を察した緋燕は気に病む。
「鈴仙もう今日は休んだら? なんか気分悪そうだし……」
鈴仙は「大丈夫よ」と無理に笑顔を作る。何が彼女の精神を蝕むのか緋燕には想像もつかず、自分の発言で鈴仙を不快にしてしまったと思うと胸が痛くて仕方なかった。
「さぁ行きましょう。聞きたいことは山ほどあるから」
二人は月明かり照らす竹林を後にし、仲間の元へ向かう。今夜は名月なのに鈴仙の顔は翳り、曇っていた。