旧友との邂逅?
視点が鈴仙に移ります
幻想郷の夜は静かで心地よい。季節によって様々な夜があり、飽き性な彼女を実に楽しませた。
「鈴仙、そろそろ寝なさい。明日は早朝から山菜採りでしょう?」
長い薄紫色の髪を揺らす鈴仙に誰かが呼びかける。それに対して「わかりました」と鈴仙は答える。自室に戻り、布団にもぐろうとすると微かな呼び声が聞こえた。それは同じ玉兎だけが聞き取れる特殊な声で他の人には聞こえもしない。
「清……鈴……から……てね」
声は非常に弱く、聞き取りにくかった。またそれは一個人に向けて発信しているものではなく、どうやら玉兎全体に向けているものであることが分かった。しかし地上の兎になった鈴仙からすればそんなことを理解したことで何の意味もないと思い、すぐに眠りにつく。それが重大な交信であったことも知らずに。
「鈴仙に伝えなくていいの? 玉兎のこと」
雲鬢を持つ少女が机に向かって作業をしている女性に話しかける。
「多分あの子も薄々感づいているでしょう。明日には身をもって体感するはずよ」
女性は作業を止め、少女の方へと視線を移す。
「身をもってか……」
少女、蓬莱山輝夜は空に浮ぶ白い星を窓から見上げる。散りばめられた光の中で一番大きく、輝くそれとはもう一切縁がないと思っていた。しかし今回の問題でまた関わりを持ちそうな気がしてならなかった輝夜は視線を落としこう呟いた。
月の民が動き始めた。
***
目を開くと痛いほどに眩しい朝陽が赤い瞳に差し込んでくる。鈴仙は起き上がり、ある程度の身支度を済ませようとすると襖が開き兎の耳を頭に携えた少女が入ってくる。
「鈴仙、早く支度をしな。私は山菜採りなんかで一日をむだにしたくないからね」
部屋に入ってきたのは鈴仙とは違う、純粋な地上の兎である因幡てゐだ。
「あぁ、ごめん」
鈴仙は早急に支度を済ませて、てゐと共に永遠亭を出た。外は肌寒く、空は厚い雲で覆われていた。空を飛ぶ際、高度が高いとどれだけ防寒具を身に着けても寒くなるので低空飛行を心掛けなくてはならない。そのため、建物が沢山ある人里を迂回しなければならない。そのせいで山までは少し時間がかかる。
「とって来るものはこれに全部書かれているから」
てゐはそう言って折りたたまれた紙を手渡す。鈴仙は紙を開いて内容を確認する。採集する植物の外観や特徴、生息地などが細かく記載されており、師匠様らしいと思った。
「それにしても鈴仙が寝坊なんて珍しいね」
不意にてゐが訊いてくる。彼女の言う通り、鈴仙は生活リズムを常に崩すことがない。元々兵士であったためか身のまわりのことはきっちりとしているのだ。
「昨日少しだけ夜更かししちゃったからかも」
「夜更かしとはまたアンタらしくもない。明日は豪雨かもね」
他愛のない会話をしながら二人が山へと向かっていると「おい待て!!」と少女の怒鳴り声が後ろから聞こえる。驚いて二人が振り返ると箒に乗った金髪の少女、霧雨魔理沙が鈴仙めがけて突っ込みに来ている。
「え? 何?」
魔理沙は鈴仙の胸ぐらを掴んではまた怒鳴り散らした。
「昨日のあれはどういうつもりだ!」
鈴仙は状況が理解できずに呆然としている。勿論彼女は昨日、魔理沙とは会っていない。
「私の庭を燃やしておいて忘れたとは言わせないぜ」
そう言う彼女の目つきはいつもとは違い鋭かった。
「人違いよ、私はそんなことしてない! ねぇ、てゐ? 私は昨日ずっと永遠亭に……」
すかさずてゐに助けを求めようと彼女のいる方向を見るとそこにいるはずのウサギは忽然と消えていた。
「証人はいないようだな。ついてきてもらう」
「本当に私じゃないのに~」
鈴仙は泣く泣く魔理沙の後をついていった。その後、数時間の尋問を耐え抜いて『真犯人を明後日までに捕まえる』という条件を飲みやっとの思いで解放された。
「弱ったなー。私と同じ長さの髪、同じブレザーを着た兎なんて幻想郷にいるはずないんだけどなー」
月の兎は鈴仙以外にもいるがいかんせんブレザーは着ていない。仮に持っていたとしても髪や背丈などが違い、犯人候補からは外れてしまう。だが万が一のこともあり、彼女らにも聞いてみることにした。
一人目は浅葱色のイーグルラヴィこと清蘭。元々地上調査要員であったがある時から地上に住み始めた。今は団子屋を経営している。
「私が魔理沙の庭を燃やす? それに何のメリットがあるのかしら」
彼女の言う通りメリットはなにも無かった。あの時の復讐だったらもっといい手段があるはずだ。それに彼女がこの様な陰湿なことをする趣味はないことを鈴仙は知っていた。また清蘭には決定的なアリバイがあった。魔理沙が言うに、事は戌酉刻、午後五時から七時あたりだったそうだ。その時はまだ店にいたようで、色んな客に聞いてみたところ確かにその時間帯はまだ店番をしていたと言っていた。
二人目は橘色のイーグルラヴィこと鈴瑚だ。彼女も清蘭のように地上に残り、団子を売っている。
「そんな面倒くさいことする暇なんて私にはないね」
鈴瑚はけっこう頭が切れる。まず幻想郷で生きていくのにわざわざ敵を増やすことなどしないと鈴仙は考えており、その予想は的確に当たったといえよう。鈴瑚も清蘭同様、例の時刻はまだ店を開いており客がアリバイを証明できる。
他にも事件現場付近の兎の目撃情報を集めようとしたが、そもそも魔法の森には余り人がいないため有力な情報は得られなかった。結局、頼まれていた山菜採りもできずに夜が更けてしまった。鈴仙は俯きながらとぼとぼと帰路を辿る。一歩一歩進むたび足取りは重くなっていく。
「てゐが集めているといいんだけど……」
叶うかもわからない願望を呟いていると急に誰かにぶつかった。それと同時に「ぎゃっ!?」という素っ頓狂な声が発せられた。前を向くと赤い髪から兎の耳を飛び出させた少女が尻餅をついていた。鈴仙はその少女に見覚えがあった。
「あなたは盗人色の緋燕!」
「私ってそんな名前で呼ばれてたの? 珊瑚珠色のファルコンラヴィだよ!」
二人は広い竹林の片隅で同時に驚愕していた。鈴仙は玉兎が幻想郷にいることに、緋燕は変な名前で呼ばれていることに。
「何でここにいるの? まさか地上の武器が欲しいから降りてきたんじゃないの?」
「それも少しはあるよ。でも私はつまらない生活はもう飽きたからね。魅力的な地上の方が楽しそうじゃん?」
緋燕は立ち上がって仁王立ちをし、どや顔で答える。彼女が全く成長していないということを鈴仙は察した。
「それよりも私を鈴仙の所に匿ってくれない? 行くところがなくてさ~困ってるんだよね」
緋燕は鈴仙にすり寄って肩を叩いたり、マッサージをしたり媚を売る行為をし始める。時々「ご加減どうですか?」などと本職の人のような台詞を言う。それに対し鈴仙は鬱陶しがるが、以外にもこれが気持ちよくて手慣れていることを実感した。
「あなたみたいな盗人をお師匠様、XX様は匿ってはくれないと思うけど。前に来た娘も追い返されてるし……」
そうきっぱりと断ると緋燕はマッサージする手を止め、枯れた植物のようにしわしわと崩れて「そんなぁ~」と弱弱しい声で倒れる。鈴仙はマッサージの余韻に浸っているとふと地面に伸びた緋燕の服装を確認する。彼女は玉兎兵が着るブレザーを纏っていることに気が付き、質問を投げかけた。
「あなたの他に誰か来た?」
すると緋燕は起き上がり「まぁね」と素っ気なく答える。間違いなく緋燕は魔理沙に庭を焼いた張本人を知っている。彼女は無罪証明の大きな鍵になることを確信した。
「他の玉兎がいる所に案内したら匿って貰うように頼んでもいいけど?」
「マジですか先輩!?」
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