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月兎大亡命  作者: タナカ
13/17

Impression

 土煙が舞い、光線が躍る。深い山の真上で二人の玉兎がスペルカードルールで戦っていた。だがそれはごっこ遊びにすぎないものであった。


「重砲『月面戦車主砲:ビームメガキャノン』」


 緋燕がスペルカード宣言をし、戦車の砲の部分だけを作り出して対峙する彗青へと向けた。長砲身なだけあって結構な重量なのだが緋燕はそれを軽々と持ち上げている。


「私を殺す気!?」


 勿論、彗青はこの戦車砲の威力は知っている。直径50メートルクラス程度の隕石なら消し飛ばすことが出来ることができる、対人兵器にしては有り余る火力だ。


 彗青も抵抗して自身の能力を発動させ、緋燕の視界を狭める。そうなれば狙いはつけられない。


「ああぁ! 何も見えない」


 流石に緋燕もでたらめに戦車砲を撃つということはしなかった。そこで武器を片手バルカン砲に変えて辺りに乱射するが、当たるわけがない。たまにバルカンごと腕を振って暴れるのが傍から見ている彗青からすれば滑稽で仕方がなく、思わず吹き出してしまう。


「あ! 今笑ったでしょ!」


 吹き出したことに気づいた緋燕は音の方向へバルカンを掃射するがいとも容易く避けられる。


彗青は決着をつけるために八方向に飛ぶ光弾を放って緋燕に命中させる。被弾した緋燕は「ぎゃっ!」と痛みに短くうなる。


「当たった! 私の勝ち!」


 勝利を叫んだ彗青は能力を解除して緋燕に日の光を返す。緋燕は両目を擦ってちゃんと見えているか確認した。そして彗青を見つけるなり「彗青の能力はせこいよー」

とムッとした表情で言う。


「対戦車兵器を人に使うやつがあるか!」


 彗青もあの時の恐怖を思い出しながら軽く身震いし、緋燕の頭に軽いゲンコツをくらわせた。


「あんなの撃つわけないよ。脅して本気を引き出そうとしたんだってば」


 緋燕は頭を両手でおさえながら格上のライバルのようなセリフを言うが、その時の姿はどう見ても二流の脇役である。


「私はずっと本気だったんだけども!」


 彗青は腕を組んでふてくされる。緋燕の言葉はまるであんたは弱いと言っているようなものだったのだ。ここ数週間、彼女らは幻想郷のに慣れるため“弾幕ごっこ”の模擬戦を行っていた。最初は射撃経験の多い緋燕に分が上がっていたが、回数を重ねるたびに彗青も勝率が上がっていき、自信がついてきたところでこの始末だっだのだ。


「まあ緋燕は負けたんだから私が本気だったってことは証明されたね」


 彗青は自信満々ににんまりと笑い腕を組む。緋燕は納得がいかないといった表情で「それならもう一回やろうよ」と再戦を提案した。


「いいよ、今日はたっぷりと勝利の余韻に浸らしてもらうよ」


 緋燕はレーザーライフルとベルト給弾式のマシンガンを装備して戦い(あそび)の準備をする。どちらも殺傷能力を無くすように低威力に調整してある。対する彗青は非武装である。戦えないわけではないが、ライフルやマシンガンは弾速が速いため有利である。


「銃とか要らない?」


「ハンデなんか必要ないね」


 彗青は挑発するように返すが緋燕は「そう……」と乾燥した表情で言うと片手でライフルを構えて引き金に指をかけた。それに並行して彗青はスペルカード宣言をする。


「死眼『ブラインドアイズ』!」


 彗青は黒い球体型の弾を周囲にばら撒いた。それは何かに当たると炸裂して子弾を放出する仕組みになっている。この機能は子弾にもあるため、次第に辺りは黒い弾幕で覆われるといった魂胆のものだ。


「これは初めて見たなぁ」


 緋燕は黒い球を左右上下に避けながら弾幕に隠れた彗青を探す。彗青の思惑通り、辺りは黒に覆われて何も見えず、まさに盲目という名にふさわしかった。どうこうしているうちにそれが弾幕なのか辺りの闇なのかの判別も不可能になり、緋燕はどうしていいのかわからず心を焼くような焦燥感に襲われる。


「光だ!」


 緋燕はとっさに思いついた対策を実践しようとマシンガンを捨て、拳銃を生成すると進行方向へ向かって発砲した。するとそこに眩い光が発生し、緋燕の周囲を照らした。彼女は照明弾を使ってこの危機を突破しようとしたのだ。


「これで範囲外に出れば!」


 弾幕の間を縫うようにして回避する緋燕の姿は自在に方向転換を行うトンボの様だった。明かりが消える前に外へ出ると外の光が心地よく感じた緋燕は大きく息を吸って深呼吸をした。だがそんなものに浸っている暇など上げまいと彗青は黒い球体群の中から飛び出してエネルギー弾を連射した。


「そんなのは当たらないよ!」


 緋燕は赤い髪を揺らしながら右へ大きく移動して弾を避ける。そのまま互いの距離を置いて持っていた銃のスコープを覗いて叫ぶ。


「次は私の番だよ! 光戦『最低出力レーザーライフル』」


 宣言と同時に銃口から黄色を帯びた光線が対象めがけて勢いよく飛ぶ。非常に速い攻撃に避けられまいと緋燕はニヤニヤするが光線は空を切って地上の枯れ木に命中した。


「あれ?」


 筒状のライフルの目で彗青を探そうとすると以外にもすぐに見つかる。巧妙にもスコープの視認範囲外にでていたのだ。緋燕はこのたった一回のミスで全てを悟る。


(私の片方の眼を乗っ取ったね)


 彗青の『視界を操る程度の能力』は有効範囲内の他人の視界を見ることも出来る。だから緋燕の見ていた映像から自分を狙っていることが分かり回避がかなったのだ。しかし彗青の能力も万能ではなく、視界を乗っ取る際は自分の片方の目を使って見なくてはいけないため、自分の視界も半分は使えなくなるのだ。緋燕は彗青とは長年の友だったのでそのことについても知っているため対策を取った。


(彗青は片目で私の目を見ているはず……ならばどちらかの目を瞑ってしまえばどうと言うことはない)


 片目を瞑ってライフルで牽制射撃を行うが彗青はどれも気に留めていない様子だった。緋燕はまさかと思い彗青の二の腕ギリギリを掠らない場所へ撃つが彼女は一寸たりとも動かない。レーザーの熱でブレザーの二の腕部分が赤く焼けた。


「わざと外してるのが見えている! 乗っ取る眼を交互に変えるとは……本気だね!」


 緋燕はイチかバチかの作戦を考えつく。それは両目を瞑って自らの行動を察知されないようにするというものだが、余りにも無謀過ぎて行動に移すに抵抗があった。


 対する彗青はスペルカード宣言を行おうか迷っていた。このまま緋燕を弄んでもいいが、それでは本気だと思われない。


「決着をつけるか! 『幻朧月眼ルナティックフェイクアイズ』」


 彗青は自身を中心にリング状に銃弾型の弾幕が張られた。だがそれらは全て彗青に視界を操られた者にしか見えない虚像だ。


「速い! これはスペルカード?」


 緋燕はあるはずのない弾幕を避ける。その瞬間第二波の弾が飛んでくる。それらはいくつも連なっており、まるで閉じ込めるかのように空中にとどまった。緋燕はまんまと彗青の檻に閉じ込められて逃げ場が少なくなる。


「これじゃあ避けられない!」


 彼女の“作戦”も閉所になればなるほど成功率は下がる。緋燕が武器を変えようかと迷っているうちにまた高速の弾が周囲にはじけ飛ぶ。今度は本物でちゃんと横切った時にヒュンと風を切る音がする。弾は確実に緋燕を狙っていた。


「でたらめにばら撒くしかないか……」


 緋燕は銃自体が二つ合体した改良型の片手バルカンを二丁作り出して、いくつもの銃口をターゲットへと向けた。そして目を閉じて左右の人差し指を絞ると、ガガガガガガという音を合図に合計四門の凶悪な弾幕が彗青を襲う。その間にも緋燕は適当に左右上下に動いて弾幕を避けるそぶりを見せる。


「ええい! 攻撃に集中できない!」


 どこに流れてくるかわからない弾とどこへ移動するかわからない敵。狙いをつけて攻撃しようにも適当な方向への一斉射撃がそれを阻む。よって彗青も弾幕がお粗末になってくる。


「目には目を歯には歯をだ!!」


 彗青は回避と攻撃を並行して行う。目視で高速な弾の射撃を避けるのは次第に彗青の体力を削るが、回避も攻撃もでたらめな緋燕よりはマシだと彼女は思った。しかし緋燕の射撃は一方に止む気配がない。


「なんで当たらないの? 緋燕は適当に避けているはずなのに!」


 どれだけ弾幕をばら撒いても被弾しない緋燕に気味が悪いと思った彗青。視界に頼らずに攻撃を回避する術でもあるのかと疑うほどにことごとく避けられているのだ。被弾する覚悟を決めた彗青は精神を研ぎ澄まして光の雨の中、宙にとどまってターゲットへと狙いをつけた。


「当たれ!」


 人差し指から放った一線は真っ直ぐ緋燕へと進み、見事肩部に命中した。


 「やっぱダメかぁー……」


 目を開いて緋燕は急速に地面へと落ちっていった。


「緋燕!?」


 落下する緋燕を彗青は急いで追う。人間ではないので死にはしないがただのケガでは済まないだろう。そのうち土煙が上がるのが見えた。彗青は何故こんなことをしたのか尋くつもりでいたが、そんなことしている暇はないと思った。


 緋燕が落下した場所には彼女が仰向けに大の字になっていた。表情はまるで死んでいるかと思うほどの無表情。


「緋燕、大丈夫……って大丈夫なわけないか」


 駆け寄った彗青は邪魔なバルカンを外して緋燕を身軽にさせる。


「意識はあるよ。疲れただけ」


 いきなり喋る緋燕に「心配したんだから!」と彗青は抱きしめる。


「こんな戦いは久しぶりだったから……やっぱり彗青は強いね」


 こうして長い戦いは幕を閉じた。


***


 朝の支度が割かし終わった鈴仙は聞き覚えのある話し声を耳にする。その声色からして何か言いあっているようだった。こんな朝にガヤガヤと迷惑な連中だなぁと独り言を呟きながらも内心では少し気になっていた。


「誰だろう……患者?」


 鈴仙は玄関へ向かうと同時に引き戸か軽く叩かれた。戸を開けると頭に兎の耳がある少女が二人立っていた。鈴仙はすぐさま「なんでここに?」と問う。そこに居たのは両腕の二の腕から手首にかけてミイラになって関節が曲げられない緋燕とそれを介抱する彗青だった。


「緋燕が無理しちゃってさ」


「何度も言ったけどこれくらい問題ないから」


 緋燕は踵を返して戻ろうとするが常に彗青に襟首をつかまれ、阻まれている。鈴仙は全てを納得し、二人を永遠亭に上げた。永琳に診せる前に鈴仙はどんな症状かを訊く。部屋へ向かう最中に緋燕が汗をかいているのを見て「あの人はそんなに怖い人じゃないから」と落ち着かせようとするが緋燕は「そんなんじゃない」と汗を拭いながら言う。


「師匠様、患者です。不完全骨折の疑いがあります」


「どうぞ入って」


 永琳の優し気な返事の後に扉を開けて三人が入ってくると永琳は一番に緋燕に視線を向けた。


「彼女が患者?」


鈴仙は「はい」と短く答えと緋燕を椅子に座らせた。永琳が包帯を取り、痛い場所がないか触って調べるが緋燕はうんともすんとも言わなければ表情も淡々としている。


「どこも痛くはない?」


「はい、どこも」


永琳は「何をしてこうなったの?」とケガの原因を訊くと「ちょっと地面に落ちて」と緋燕は答えた。


「どこから落ちたとかわかる?」


「背中です」


 永琳と話しているときの緋燕はいつもより静かな声で話す。月の賢者を前に恐縮しているのだろうと鈴仙は思っていた。


「背中もどこも痛くはない?」


「ええ、大丈夫です」


「緋燕が敬語使ってるとかおかしい」


 彗青がこみ上げる笑いをこらえていると緋燕が立ち上がって「何が面白んだよ!」と笑いながら診断中にもかかわらず胸倉をつかみにかかる。


「ちょっとまだ診断中よ!」


 鈴仙がじゃれ合う二人の間に入ろうとするが永琳がそれを止める。彼女は「これくらい元気に動けるなら大丈夫でしょう」と微笑ましい二人を見て言った。


 その後、患者らが帰る際に永琳が思い出したかのように「そういえばあなた達は例の手紙の兎かしら?」と訊いた。


「例の手紙?」


 彗青が頭に疑問符を浮かべながら首をかしげている最中に緋燕は「私たちではないです」と答える。


「そう、ならいいわ」


 彗青一人、何が起こっているのか分かっていない様子でいたがそれは誰も気にはしなかった。


「手紙って何? 私たちは関係ないの?」


 帰り際に彗青が立ち止まって問いただすと緋燕は「触らぬ神には祟りなし。面倒ごとには関わらないのがいいんだよ」とバッタが飛ぶような軽い口調で言う。それに対して彗青は「そうなんだ……」と俯いてまた歩き始めた。


「あれ? さっきので元気使い果たした?」


 飛燕が顔を覗き込みながら言うので彗青は視線を下から前に移して「いや……あの」と言葉を曖昧にして話す。


「何? はっきり言ってくれる?」


 飛燕が耳を近づけてくるが、近すぎて赤い髪が顔にぶつかるが気にせずに話す。


「いや、そう言えば初めて会ったときはこんなん元気じゃなかったなーって思いだして」


「あー、うん。確かに昔は全然だったかもね」


 飛燕は笑いながらもなぜ急にそんなことを思い出したのだろうと疑問に思っていた。過去の自分の話はあまりしたくないのが彼女の本心だったからこれ以上は何かを話そうとはしない。


「飛燕は今、楽しい?」


 彗青の潤った瞳で見つめられ緋燕は戸惑う。こんな愁眉な表情をされたことがないので頭がオーバーヒートし、顔も赤くなる。


「楽しいって……そうだけど。え? 私を心配してくれてるの?」


 彗青は緋燕が昔のような無気力兎になってしまわないか心配しているのだ。だが緋燕からすれば月の都にとどまっていた方がそうなりやすいと感じていた。


「大丈夫だよ。そんなに私が信じられない?」


 跪く彗青を緋燕は抱きしめた。ゆっくりとした鼓動が彗青の体に伝わる。


「だって緋燕はたまにボーっとしてることがあるじゃん。その時の目、すごく虚ろだもん」


 緋燕の胸に顔をうずめながらくぐもった声で彗青は言う。緋燕は胸に抱かれる友の竜胆色の髪をなでた。


「大丈夫、そんな昔の私の印象なんて……」


***


 秋翠が清蘭達の手伝いのため、人里に向かっている道中に突然、鋭が姿を現してその両肩を掴んできた。その出来事に驚く間もなく秋翠は硬直する。


「秋翠さん、話があるの。いいですか一度しか言いませんよ。例の……オリオンの玉兎が地上に来ているのがわかったの!」


 何を話すと思いきやそんなことかと秋翠は入れていた力を抜いた。だが口調が砕けたりしているので鋭からすれば死活問題なのかもしれない。


「それだけ? 忙しいから私……」


 秋翠が鋭を振り払って進もうとすると目の前を黄色の光線が横切る。その熱さから出力は高めに設定されていることも秋翠は瞬時に理解する。


「狙撃されている! もしかして狙われてるの!?」


 秋翠が鋭に問いかけるが、彼女は何も答えずに秋翠の手を引いて走り出した。


「また手を引っ張られて逃げるのかぁ!」

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