2.君山唯香――ママ
お母さんがまた新しい男の人を家に住まわせ始めた。
今回は夜逃げを手伝ってくれたママ友との飲み会の会場で知り合った人なんだって。目がクリッとしてて、手がゴツゴツしてる、体の線が太い人。糸目で華奢だったお父さんとは正反対の見た目。暴力を振るいそうっていうカテゴリーで言えば、お父さんよりもこの人の方がいかにもそれっぽいんだけど、今はまだニコニコと微笑んで、私たち姉妹には一定の距離を保って接してくる。
何してる人?
母に問うと、んー? と高く濁す声が返された。いつもそうだ。どうせあの人も、私たちには言えないようなことをやっているか、私たちに言えるようなことを何もやっていないかのどちらかだろう。同じことを繰り返しても学ばないお母さんは、外見とお金が目当ての男に懐を抉られて何度も泣いている。
「せめて、唯香と花鈴ちゃんが自立して家を出るまでは、家に彼氏連れ込むのは待ってほしいよね。お母さんの女の面ってさ、子ども的に見たくないじゃん?」
頷くと同時に冷たいキャラメルマキアートが入ったカップを両手で持つ。水滴が汗のように手に馴染む。ソースの甘さが内側から傷口に染み込むようだった。
放課後のスタバは疲れた顔の大人と私たちのような高校生で混雑していたが、こんな身の上話をしているのは私くらいなものだろう。誰かに相談するなんてらしくないけれど、この子には傷を見られてしまった。隠すためのリストバンドを貰った流れで、つい話し込んでしまったのだ。
制服のスカートのポケットに入れて脚の間で挟んでいたスマホが振動する。バイブ二回はメールの着信。メールなんて、メルマガか、迷惑メールか、未だにガラケーのお母さんからしか来ない。風が強いから、ベランダの観葉植物を中に取り込んで欲しいということだった。それだけのことを伝えるときですら、絵文字たっぷり。お母さんのメールはいつもカラフルだ。
love.yuika_karin.loveで始まるお母さんのメールアドレス。
love、愛、そうは言うけど、お母さんには私たち娘では埋められない大きな穴が空いていいる。どんなに私が嫌がったって、頑張ったって、その穴は男の人にしか埋められない。
無性に手首が疼いた。新しいハサミを買って帰ろう。最近暑いから、もう少し薄手で同じデザインのリストバンドも一緒に。