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これから、何のために生きていこうか。  作者: 上杉ようじろう
1/2

これから、何のために生きていこうか。【1】


「いや、違います…」

俺は下を向いた。


リクはしつこく尋ねる。

「え、ミナトだろ?お前、絶対ミナトだろ!?」


「だ、だから、違いますって。…そんなに、そのミナトという方に似てますか?」


「似てるもなにも、お前ミナトだろ!!完全にミナトだろ!!」

リクは譲らない。


「完全にミナトと言われましても…。僕自身、完全にケイスケですので…、その、もう行っていいですか?」


「ケイスケってなんだよ!!お前さ、親御さんも、地元の皆んなも心配してるんだぞ!!電話の一本くらいしてやれよ!!」


「はぁ…。あなたもしつこい人ですね。僕がそのミナト?さんに似てるのかは知りませんが、人違いも過ぎますよ。急いでますので失礼します」


俺は走った。

久しぶりに全速力で走った。

いつぶりだろう、こんなに腕を振り、足を上げ、前へ前へと一生懸命に走ったのは。

まさか、地元の幼馴染のリクに会うとは思わなかった。

合わせる顔なんてない。

まぁ、合わせちゃったけどね。

格好悪いだろう、流石に。

俺は変わるんだ。

変わるために田舎を出た。

夜逃げのように出てきた。

上京して、もう2年。

てことは、もう27歳。

いい大人だ。

コンビニの深夜バイトで生計を経て、なんとなく生きて、早2年。

母さん、父さん、心配してんだろうな。

友達はどうだろうか。

そうでもないか、血も繋がってないし。

皆んな、自分で精一杯だろう、きっと。


さて、

これから、何のために生きていこうか。



「ミナトさん?」


「………」


「ミナトさんってば!!」


「え?あ、ごめん、何か言った?」


「休憩どうぞ」


「あ、休憩ね!ありがと!」


午前2時。

この時間になると、コンビニは暇になる。

それを隙に休憩を取る。

22歳のキムラ君は先月入ったばかりの新人だ。

彼は人当たりが良く、元気な青年だ。

俺とはまるで違う。

持ち前の洞察力も優れている。

一ヶ月の間で、万引き犯を3人も捕まえる程の頭のきれる男だ。

そのため、俺が大した男じゃないという事もすぐに察し、今じゃ小馬鹿にされている。

今日もそうだ。

出勤と同時に、


「ミナトさん」


「ん?何?」


「これ、プレゼントです」


「プレゼント?え?」


「いつも世話になってるんで」


「あ、ありがとう」


「開けてください」


「うん」


「どうっすか?」


「…えーと」


「気に入りました?」


「……これ、スーパーボールだよね?」


「はい。え?嫌いっすか?」


「え?いや、嫌いではないけど」


「よかったっす」


「…うん。ありがとう」


よかったっす、じゃないだろうキムラ君。

これ、どうするんだよキムラ君。

………キムラ君。


しかし、久しぶりだな、スーパーボール。

小さい頃はテンション上がったけど、今じゃただのゴムボールだな。

休憩室のテーブルにスーパーボールを軽く落としてみる。

トン、トン、トントントントン……。

だよな。

そうなるよな。

知ってるんだよ。

そうなるのは。

でも、

少し何かが閃きそうな気がした。

何だろう、この感じ。

-2秒で思い出した。

ニュートンだ。

重力を発見したニュートンさん。

リンゴが枝から落ちるのを見て、地球には何か引き付ける力がある、と閃いたんだ。

万有引力の灯火だ。

一歩早かったな、ニュートンさん。

俺も閃きそうだったよ、ニュートンさん。

流石だよ、ニュートンさん。

あなたはリンゴで、俺はスーパーボールだ。

リンゴがよかったなぁ…、食えるし。

スーパーボールって……キムラ君…。


午前8時。

バイトが終わり、今日はこのまま喫茶店にでも行こうと思う。

快晴だ。

気持ちの良い朝だ。

生きていてよかった。

そう思えるほどの朝だ。

朝食は駅前の喫茶店のフレンチトーストとアイスコーヒーにでもしよう。

いつもの席、空いてるかな。

奥の壁側の席が一番落ち着くんだ。

夜勤で疲れた身体を、壁が優しく受け止めてくれる。

その席で飲むコーヒーが一番好きなん…


痛い。


轢かれた。


痛い。


凄い痛い。


右のケツが痛い、凄く。


あと、舌打ちが聞こえた。


嫌だ。


凄い嫌だ。


行っちゃったよ…。


轢いた奴。


まぁ、


自転車だから良いか。


…いや、


ダメだろ。

轢き逃げだよな?これ。

え?だよね?轢き逃げだよね?

自転車でも轢き逃げだよね?

完全にケツに…右のケツに前輪直撃だし。

右のケツ絶対怪我してるし。

舌打ちされたし。

あ、舌打ちは関係ないか。

でも、怪我してる。

逃げやがった、舌打ち野郎。

あの、じじぃ。

よし交番だ。

確か、少し先に交番があったはずだ。

………待てよ。

交番に行って、どうする?

轢き逃げです、って伝えたとして、

どうする?

自転車だから、ナンバーなんてないし。

運転手の後ろ姿しか見てないし。

あ、声は聞いたな、チッてやつ。

あ、舌打ちだな、チッてやつは。

…あれ?

交番行く意味あるか?

捕まるか?

てか、轢き逃げ事件として警察さんは動くか?

あの無線みたいなやつをすぐに使ってくれるか?

サイレンの音、鳴るか?

俺の右のケツのズボンからタイヤの跡を採取して、似たようなタイヤの自転車を徹底的に探してくれたりするか?


………しなそうだな。


よし、喫茶店に行こう。

まぁ、いいや。

生きてるし。



まず外装が最高だ。

他の喫茶店とは違う、安らぐ色使い。

地面から壁へ、壁から屋根へと優しい緑の蔓が伸びている。

ドアの周りには茶色の木の根が囲み、安らぎの空間へと俺を誘ってくれている。

さぁ、ドアを開けよう。

チリンチリンチリン…。

心地よいドア鈴の音に気付いた店員さんが、笑顔で俺を出迎えてくれた。


「すみません。只今、満席でございます」


「あ、そうですか。じゃあ、また来ます」


俺は笑顔だった。

こういう時は心に余裕を持たなければならない。

いいじゃないか。

結構じゃないか。

好きな店が繁盛しているんだ、素晴らしい事じゃないか。

よかった。うん、よかったよ。

こんなに繁盛してるなら、早々に潰れる事はない。

なんてついているんだ、今日は。

……また来よう。



午前8時40分。

駅へ向かう。

深夜勤務の俺は、出勤ラッシュに急かされている人々を見て優越感に浸る。

俺はこれから家へ帰るんだ。そして、ぐっすり寝るんだ、君たちがせっせと働いている中、心地よい眠りの世界へ飛び込むんだ。

しかし、狭い。

満員電車は狭い。

そして、モワッとする。

湿気だ。

出来れば一両ごとに最新の除湿器を完備してほしい。

あと二駅。

少しの我慢だ。

そんな決心をしたのも束の間、俺の目に、ある種のオアシスが飛び込んだ。


あそこの席、一人分空いているじゃないか!


歩数で言うと、その席まで約6歩半程だろうか。

夜勤終わりの俺の足を気遣って、きっと神様が空けてくださったんだ。

まるで、モーセの十戒の如く。

神様、ありがとうござ…


んはっ…!?


…見てる!?

その席を中心として、俺と調度対角線上にいるマダムが見てる!!

しかも進んでいる!!オアシスへと!!


諦めよう…うん。

きっとマダムは俺よりも疲れているんだ。

きっとマダムは徹夜3日目なんだ。

どうぞ、マダム

お座り下さいませ…。


…。

え?

ぇぇえええ!?

立ってる!!

マダムが立ってる!!

空いている席の真ん前で立ってる!!

何故…

何故、座らないんだ!!?

そして、

何故、あえて、空いている席の前に立つと決意したんだ!!?


…分からない。

確かに、

確かに空いている席の前にはスペースがあった。

しかし、それは次の駅などで降りる方達の配慮、

『もうすぐ旅立つ私達には必要のない席でございます。』

という、声に出さずに伝えるポジショニングだ。

なのに…

何故、座らないんだ…。

座ればいいじゃないか、マダム。

仮に、マダムが座れば、そこにスペースができる。満員電車内に一人分のゆとりができるんだ。

何故、座らない…

…ま、

まさか。

見えているのか?

霊的なものが…。

すでに目には見えない何者かが座っているというのか!?

確かに、あのマダムの首に巻いた黒いスカーフや紫色のモダンな上着を見ると、何かそれ系の力を持っていそうな気がしないでもない。


だとしても、

座ろうぜ、マダム。

透けてるんだからさ、霊的なものは。


マダムを見届けながら、俺は電車を降りた。



午前9時。

喉が渇いた。

予定では今頃、水滴という名の鱗を纏った冷えたアイスコーヒーを飲んでいるはずだったんだ。

喉の渇きが俺の脳に追いつけていない。

それを察した両足が、自動販売機へと闊歩する。


日常には様々な葛藤が存在します。

その葛藤をどのように処理していくか、どのように活かしていくか。

人間の感情と心情は助け合いながら歩みを進めていきます。

主人公のミナトは思うでしょう。

まぁ、なんとかなるか

と。

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