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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

尋ねる人

 なぜこんな猛暑の中、昼間の公園にいるのか?

 それは部屋のエアコンが修理中だからだ。それも直るまで時眼がかかるのだという。


「どうせエアコン使えないなら、散歩してくるか。外なら少しは風が吹いてちょっとはマシだろ」

 それが間違いだった。

 俺が住んでいる裏野ハイツの部屋も蒸し風呂だったが、外はもっと酷かったのだ。全くの無風だったのである。


 部屋を出た途端、熱気の壁が待ち構えていた。目には見えないが、確実にそこにある。

 一度外に出てしまった手前、なんだから戻り辛くなり、俺は散歩を続けた。しかしやっぱり異常に暑い。熱すぎる。

 インドだかどこかで、アスファルトに靴が張り付いてるニュース見たけど、日本もそろそろそうなるんじゃないのか? それはないか。


 俺は普段あまり汗をかかないほうなのだが、今日ばかりはビッショリと濡れるほどの汗を掻いていた。

 歩いて数分でこれか。今年もやばいな。――――去年も同じような事を思った気がするが、年々気温が上がっていく気がするのだからしょうがない。


 子供の頃はこんなに暑さも感じなかったんだけどなぁ。あの頃はエアコンにそんなに依存していなかったし。子供は風の子というが、暑さにも耐性があるのかもしれないな。

 まぁ、なによりあの頃は夏休みがとにかく楽しくて、暑さなんか二の次だったんだろう。

 

 大人になった今、正直夏は嫌いである。ただただ熱く、怠く、眠りづらく、辛い。セミの声だって風情とかよりウルサイと感じるだけだ。

 近所に裏野ドリームランドとかいう遊園地が出来たらしいが、付き合っている彼女もいない俺には無用の長物に他ならない。またうるさい場所が増えただけである。

 一緒に遊びに行く彼女でもいれば、俺の気持ちも変わるのだろうが……。

 なんだか考えているだけで気が滅入る。暑さのせいだと思いたいが、これでは完全なる僻みだ。


 自分の非リア充っぷりを再確認したところで、喉がカラカラに乾いてきた。

 俺は目に入った自販機で清涼飲料水を買うと、近所の公園に避難した。要するに休憩である。



 公園に入り手近なベンチに腰掛ける。

「熱っ」

 殺人的な日差しのせいで、木製のベンチが高熱を帯びていた。直に座ったら尻が張り付くんじゃないだろうか? それくらい暑かった。尻丸出しで座る人もいないだろうが。

 あ、一人いたな、ピン芸人のあきらは、今頃やけどして尻の皮がピザみたいに破れてるかもしれないな。まぁあの人は座るとき何か敷くから大丈夫か、というかどうでもいいな。早くも暑さにやられているのかもしれない。

 こりゃ鉄製の滑り台とかジャングルジムはもっと熱いだろうな。


 俺は少し歩き、日陰のベンチを探して座った。

 缶ジュースを開け一口飲む。買って時間が経ったのもあるだろう、何よりこの気温も手伝い、キンキンに冷えているとは言えない――が、この上なく美味かった。


 人心地ついた俺は飲みながら周囲を見回した。だが、公園には誰一人いない。まぁそれも当然だろう、平日だし、普通の人は働いている時間だ。それにこんな日にこんな所で遊んでいたら、子供なんかすぐにぶっ倒れる。そもそもこの辺りはオフィス街だから、子供が遊ぶことすら稀かもしれないが。


 噴水があって気づかなかったが、よく見ると、手前にある水道の蛇口から水が出っぱなしになっていた。

 もったいないな、まぁ気持ちはわからんでもないが……。

 俺は急いで蛇口を閉めて、再びベンチに逃げ帰った。


 時計を見ると、予想していたより全然時間を潰せていなかった。

 気温が際限なくどんどん上昇していくような気がする。そして温度が上がれば上がるほど、時間の進みが遅くなって行く気がした。

 誰もいないし、いっそ目の前に見える噴水に飛び込んでやろうか? 正直、今日一番のアイデアな気がしている。もうだめかもしれない。


 なんだか頭がボーっとしてきた。

 まずいな、こうなったら昼飯ついでにどっかのレストランに駆け込むか、このままだと、いま流行りの熱中症になってしまうかもしれん。おし、そうすっか。

 そう考えていた時――、

「あの……」

「うぉっ!」

 俺以外だれも居ないと思っていただけに、心臓が痛むほど驚いた。

 頭がクラクラしていたせいだろう、全然気づかなかった。いつの間にか、座っていたベンチの後ろに人がいた。

 あまりに唐突で悲鳴のような声を上げてしまった事に、違う意味で顔が熱くなる。


 突如背後に出現した男は、見るからに熱そうな格好をしていた。おそらくサラリーマンだと思うが、上着をしっかりと着ている。

 何か聞きたいのだろうか? 男は口をパクパクと動かしている。だが、男は一向にアクションを起こさない。ただじっと俺を見ている。

 

 暑さも手伝ってさすがに焦れた俺は、

「何か御用ですか?」

 まだ心臓がドクドク脈打っていたが、極力平静を装って言った。

「……すみません、駅まではどう行けばいいですか?」

 なんだ、道を尋ねたかったのか……。

 正直いつもなら適当を言って誤魔化す。面倒くさいし、こんな日なら尚更だ。神様も許してくれるだろう。


 まぁどうせヒマだし、ビックリしたらなんか涼しくなったし、たまには徳でも積むか。

「よかったら一緒に行きましょうか?」

「お願いします」

 俺は男を伴って公園を出ると、駅への道を歩き出した。



 駅への道すがら、数分も歩かずに俺は後悔した。なんだかわからないが、後ろの男がやたら密着して歩くのである。さっきから腰のあたりに何かが当たる感触がする。

 それに加えてやたら息が荒い。『ハァハァハァ』と首筋に男の吐息をモロに受ける。そのせいではないだろうが、襟のあたりに異常な量の汗を掻いてしまった。襟元はいま真っ黒になり、異臭を放っているであろう。

 

 もしかして目が見えないのかな? でも白杖とか持ってないしなぁ。

「あとどれくらいですか?」

「もうちょっとですよ」

 それよりちょっと離れてくれないかなぁ。

 首筋から流れ落ちた汗が、背中を伝い落ちる。


「まだつきませんか?」

 十数歩あるいただけで、後ろの男が再び聞いてきた。

「あと少しです」

 いや、まだ全然あるいてないだろう。

 相変わらず『ハァハァハァ』と、男の息は荒い。そして背中に当たる謎の感触がまだある。不快感が増していく。


「そろそろですか?」

「すぐそこです」

 俺はさすがにイラっとして、声に怒りがこもってしまう。男から少しでも離れようと俺は足を速めた。すると首筋に当たる熱気と、背中にぶつかる感覚が消えた。


「あそこです」

 駅を指さしながら俺は言った。

 駅が目に入ったとき、正直ホッとした。気持ちの悪い息遣いと、謎のツンツンからやっと解放される事に。

「ありがとうございました……」

 なんだか不満そうな感謝の声。

 

 振り返ると、男は既に俺に背を向けて歩き出していた。

 んだよ、そんだけかよ。まぁ何か期待していたわけじゃないけどさ。てか、駅が目的地じゃないのか? どこ行くんだよ。……どうかしてるなホント。

 男は駅とは逆方向に歩き去っていった。

 まぁいいか、ちょっとは徳積めただろ。


 それから数日後、俺は変なサラリーマンの事など完全に忘れていた。

 だが、テレビに映る顔写真を見て驚いた。あの駅まで案内した男性が、逮捕されたというのだ。


 事件の概要は、無職の男性が、なんの接点もない男をナイフで切り刻んだというニュースだった。


 ――――男は『嘘つきやがって!』『あいつのせいで遅刻したんだ!』『あいつのせいでクビになった!』などと意味不明の供述を繰り返しており――――。


 俺が道案内していたあの時、背中に当たっていたもの、それは――。


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