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第三話

 昼休み、三人で囲んで昼食を取ったまま、まったり寛いでいると、小暮君が廊下に出て行くのが見えた。そして、廊下から私たちの方を見た。

 合図なんだろうな。

 私が立ち上がると、彼は階段の方に歩き出した。

 「ちょっと、野暮用済ませてくる」

 怪訝そうな目を向ける二人を残し、私も廊下に出た。

 少しはなれたところで彼は待っていて。私の姿を確認して、また歩き出した。私は少し離れた位置で、その後を追う。

 この状況に、彼の従兄妹が出てこないか不安になったけれど、それは杞憂に終わった。

 何処に行くのかと思っていたら、一番上の階まで上がって、隣の校舎と繋ぐ渡り廊下に出た。吹き曝しの中、まだ外気は少し肌寒く。通りがかる人も少なく、留まる人は居なかった。扉も通常閉めているので、誰かが近付けばすぐに判る場所。

 「わざわざ足を運んでもらって済まない。出来る限り、秘密にしておきたくてね」

 彼が頭を下げる。ここまでしなければいけないこととは、何なのだろう?

 「とは言ったものの、君に俺たちの秘密を打ち明けるつもりは無い。君に頼みたいのは、香織のことだ」

 まぁ、それしか無いんだろうけど。

 「……実のところ、俺たちには香織にすら告げていない秘密がある。俺は、香織が認識していることを把握しておきたい。これは、香織のことを守るためでもあるんだ」

 彼は苦しそうに、渡り廊下の低い壁に体を預けた。

 「今度、香織の友達──東海林さんだったっけ──その人に香織の話をするんだろう? その時、香織が話した内容を、俺に教えて欲しい」

 なるほど。本来防ぎたいことだったのだろうけど、出来ないならばそのついでに、という訳か。

 だけど。それをするには私にも確認しておかなければいけないことがある。

 私は彼の耳元に顔を寄せた。

 「引き受けてもいいけど、その前に把握しておかなければいけないことがあるわ」

 彼は怪訝そうに私を見返す。

 「私は、あなたのことを何も知らない。あなたが言っている秘密が、私が知っている香織の秘密と同じであるか、私には判断できないのよ。だから、香織が当然知っているであろう範囲で構わないから、あなたが知っている香織の秘密を告げてみて」

 そう。そもそもそれが一致していなかったなら。単に、私が香織の秘密を漏らすだけになってしまう。

 私の言葉に、彼は空を見上げた。先ほどと立場が逆転したことを思案しているのだろう。彼の考えている秘密が、私が知っていることと違えば、今度は彼がただ秘密を漏らすだけになる。私のことをどこまで信用していいか測っているのか。

 「そうだな。君の懸念は判った」

 彼はもう一度私を見た。

 「香織は、俺と涼香の叔父である赤穂春人さんと婚約している。事情があって、叔父は暫く香織とは会えずにいるが、叔父はずっと香織の身を案じている。香織が知っているであろう話はここまでの筈だ」

 それは、ほぼ私が聞き及んでいる内容──相手の素性や心情までは知らなかったけど。逆に、それ以上の秘密とは一体何なのかと気になってしまう。

 そもそも、ただの婚約話。香織は秘密にしておきたいだろうけど、誰かに知られたとしても、そうそう問題になるような話でもなく。例えば彼の叔父という人が、超有名人であるとか重要人物か何かで、それが露見すると香織の身に危険が及びかねない、なんて話なら別だけど。私が聞いている限りでは、そういう話でも無さそうなのだ。

 そして、その話とは別に。香織の反応から、もう少しだけ、彼女は知っていることがあるのではないかとも思う。

 「私が聞いている話もそれなんだけど、一つ気になることがあるの」

 懸念を零す私に、彼は目を顰めた。

 「呪い、とは何を指しているの?」

 暫く無言で睨み合って。そして、彼は目を背けた。

 「追求はしないわ。だけど、香織はその言葉に強く反応していたの」

 私の言葉に、彼はギョッとした様子で振り返った。そして、自分もそれに反応してしまったことにため息を吐いた。

 「……それも含めて、話を聞いてきて貰えると助かる」

 私の方に向き直って懇願する彼は、どこか悄然としていた。

 「どうしたの? ……聞いてはいけないことだった?」

 彼の様子に、私は動揺した。今にも倒れてしまいそうな気がしたのだ。

 支えようと彼の腕を掴むが、振り払われてしまう。

 「……動揺したのは確かだが、具合が悪い原因は他にあるから」

 そう言い捨て、彼は校舎に戻る素振りを見せたのだが、思い直した様子で振り返った。

 「滝川さん、携帯持ってる?」

 彼は内ポケットから自分の携帯を出して見せた。

 内密の話をする都度こんな感じでは、目立ってしまうと思ったのだろう。

 私は無言で自分の携帯を操作して、彼と番号を交換した。彼が携帯を取り出すときに見せた、僅かな逡巡には目を瞑って。


 小暮君が校舎に戻って行くのを見送る。

 香織や若菜に見られたら誤解されそうで、戻るタイミングを少しずらしたのだけど──徒労だったらしい。私が校舎に戻ると、小暮君はその二人に足止めされていたのだ。反対側から出ればよかったか。

 「あーあ、やっぱりね」

 私を見て、若菜がぼやく。

 「美弥子……」

 香織は私を見て、苦しげに右手で胸を押さえた。

 だけど、彼女はそれ以上何も言えずにいた。

 私の勘違いでなければ、それは言える筈も無いことで。言ってしまえば、関係が壊れてしまうだろう。私たちではなく、小暮君との関係が。

 小暮君も、そのことを薄々感じてはいるのか、香織の前から逃げ出せずにいた。

 香織は、暫く私と小暮君を交互に見て。そして、階段へ逃げ出した。

 慌てて後を追うのだけど。

 「あっ……」

 慌てていたせいで、香織は派手に足を踏み外して、空中に彼女の体が投げ出されてしまう。

 このままでは踊り場に叩きつけられてしまうと恐怖したその時。私たちの傍にいた筈の小暮君が飛び出していた。

 彼は空中で香織の体を捕まえて。そのままクルリと体を入れ替えて、自分の体を下にして踊り場に着地した。

 「きゃーっ!?」

 階段を上がって来ていた女子生徒の集団が悲鳴を上げる。危うくぶつかりそうだったのだ。

 それを聞いて、私はようやく我に返って、香織たちのところまで駆け下りた。若菜も並んで走っていた。

 「……あれ?」

 香織もようやく我に返った様子で、小暮君の腕の中で周りを見て。今、自分がどういう状態にあるのか気付いて、顔を真っ赤に染めた。

 「あの……ありがとう……」

 なんとかお礼を言う香織に対して。小暮君は、

 「バカ!」

 罵倒するのだった。

 「お前は、お前の体は、お前だけの物じゃ無いことを忘れるな!!」

 彼の言わんとするところは、事情を知っている私には判る。だけど──

 「小暮君、その言い方は色々とまずいんじゃないかな?」

 叱られて涙目になる香織とは対照的に、若菜や周囲の女子生徒たちは真っ赤になっていた。


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