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第二話

 気落ちする香織をどうにかしないと。

 若菜と示し合わせて。帰る途中、ショッピングモールに寄り道しようと香織を誘って、一階のフードコートにあるアイスのチェーン店で一息つくことにした。

 「二人とは昔から仲が悪かったの?」

 私はレモンシャーベットを口に運びつつ、香織に尋ねる。

 溶け始めたチョコミントをつつくだけの香織は、黙って頷いた。

 「え~? 小暮君とは仲悪そうにはしてなかったじゃない?」

 早々にバニラアイスを食べ終えた若菜は、意地汚くもスプーンを咥えたまま意外そうな声を出した。

 「うん……いえ、最後に会ったときは、紫苑くんもさっきの涼香ちゃんみたいに、私のことを嫌っている様子で、そのことを隠そうともしてなかったわ……」

 態度には出さなくなっただけで、まだ嫌われていると思っているのか。さっきの態度を見た限り、そうは思えなかったんだけどな。

 「美弥子はなんでそこに気付いたの?」

 「小暮君の様子を見て、香織がホッとしているのが見てて判ったから。さっきの様子だと、本当にもう嫌っている感じじゃなかったよ」

 香織を安心させくて、思ったことをそのまま口にした。

 「……ありがとう。美弥子にそう言って貰えて、すごく安心した」

 まだ弱々しかったが、それでも香織は微笑んでくれた。

 私はわりと、人の表情や仕草から、心情を察するのが得意で。そのことを香織も承知していたから、私の言葉に安堵した様子。

 「それで。嫌われている理由って、何かあったの?」

 若菜が遠慮無しにそれを問う。彼女はそういうところで変に遠慮したりしない。

 「ううん……。涼香ちゃんに限って言えば、心当たりは無くも無いんだけど。ただ、その理由だと紫苑くんが当てはまらないのよ。だから、理由は他にあるのかもしれない」

 親戚の女の子が香織を嫌う理由。それなら、私にも心当たりはあった。私が知っている、香織が秘密にしている事情。初めは、小暮君がその相手なのかとも思ったのだけど、違うみたいだし。いえ、当初は小暮君自身が同意していなかったのだとすれば、彼が香織を嫌ってしまうこともあり得るのか。だけど、それなら香織が、彼は当てはまらないと考えていることに合致しない。

 私の思案を他所に、若菜は話を進めていく。

 「ふぅん。じゃあさ、小暮君の呪いって何?」

 若菜の言葉に、香織が強く反応した。

 「それは……」

 「言いたくない話は言わなくてもいいのよ」

 言い澱む香織を制止する。

 若菜の遠慮の無さは、時にはありがたくもあるのだけど。香織は、表面上は誰とでもすぐに仲良くなれる反面、自分のことを殆ど話さないため、あまり親密な関係にはなれないことが多い。若菜のおかげで、周囲とより打ち解けられている面は確かにあった。だけど、言いたくない秘密を抱えている香織にとっては、そのことで苦しむ面もあった。――呪いについては、私にも心当たりは無かったけど。

 「美弥子はなんか知ってる風でずるいよ。あたしにも教えてよね……」

 若菜が拗ねる。友達思いのいいやつなんだけど、ちょっと軽いところもあって心配なのよね、若菜に内緒話を打ち明けるのは。

 取り立てて秘密など抱えていない私でもそう思うのだから、香織はもっとそう思うだろうと決め付けていたのだけど。

 「若菜が秘密にしてくれるなら、打ち明けてもいいよ……」

 香織は友情の方を選んだ模様。

 気を良くした若菜が身を乗り出す。

 「今度、私の家で、ね」

 すかされて、若菜は大げさに、テーブルに突っ伏してしまった。


 ***


 翌日、朝から教室に足を踏み入れたとき。皆に挨拶していた香織が、──小暮君の前で固まっていた。彼の、その冷たい視線を受けて。

 私は香織の傍まで駆け寄り、彼を咎めるように見つめた。昨日の彼は、親しげとは言えないまでも、普通に接していたのに。去り際だけは、親しげと呼んで差し支えないくらいだったのに。今は、彼の従兄妹の様に嫌悪を剥き出しにしていた訳では無かったけれど、突き放すような、冷たい視線を香織に向けていた。昨日、あれから従兄妹と会うと言っていたことを思い出す。彼女から何か言われたのだろうか。

 「俺は……」

 彼は言いかけて、思案するかのように目を逸らして。そして、もう一度香織を見た。

 「あの人からお前のことを頼まれている。だから、もしお前に困ったことがあれば、俺はお前を助けるだろう。だが、お前は俺に構うな」

 それはあまりに一方的で。

 香織は俯いて、何も言わずにとぼとぼと自分の席へ戻っていった。

 他の人なら、どうしてそんな関係になるのか不思議に思うだろう。だけど、私には心当たりがあった。そしてそれは、今の香織の反応を見て、事情はもっと複雑なものになっていることに気付いた。

 彼は暫く香織のことを目で追っていたけど、やがて私の存在を思い出したのか、私に目を向けた。

 「……文句でもあるのか?」

 ぶっきらぼうに言い放つ彼だったけれど、私は彼の戸惑いを感じた。

 「いいえ。あなた、誠実なのね」

 なんとなく、思ったことをそのまま口にしていた。

 私の言葉に、彼は怪訝そうに私を睨む。

 「私、香織とは小学校から一緒なのよ」

 暗に、私でも多少は事情を知っていることを告げる。

 彼は目を見開いて、私に顔を寄せた。

 「どこまで知っている? ──いや、それより。他にそのことを知っている人は居るのか?」

 小声で、耳元で囁く。

 「私が知る限りでは、私だけよ。ただ、今度そのことを若菜にも教える約束になっているわ」

 私の返事に、彼は指で額を押さえた。

 「香織も吹聴して回るつもりは無いのよ。ただ、若菜とも結構長いから。昨日の、あなたたちの様子が普通じゃなかったから、若菜が食いついて放さないのよ」

 ある意味、彼の失態でもあった訳で。

 それに気付いてか、彼はため息を吐いた。

 「滝川さん、だったっけ。君のことを、信用してもいいか?」

 至近距離で見つめられて、少したじろいでしまう。

 「頼みごと?」

 何かあるんだろうなと、こちらから促す。

 「察しが良くて助かる。だが、ここでは話し難い。後で、どこかで話せないか?」

 他人に聞かれたくない話なんだろう。そんな話を、よく知りもしない私に話してもいいのだろうかと一瞬思ったけど、何も事情を説明すると言っている訳では無いことに気付いた。

 「判ったわ。じゃあ、また後で」

 言い残して。私は自分の席に戻ろうとして、その状況に気付いた。

 理由は判らないのだけど。何故か、私たちは他のクラスメイトたちから注目されていたのだった。彼が、話し難いと言った訳だ。

 私は咳払いをして、自分の席に戻った。

 「ちょっと、どういう事よ?」

 いつの間にか来ていた若菜が駆け寄って、私の耳元で囁く。

 「何が?」

 自分でも、今の状況が見えていなかったのだけど。

 「なんでもう小暮君と仲良くなっているのよ。香織が落ち込んじゃってるじゃないの」

 ああ。そういう誤解を与えてしまった訳ね。

 「違うのよ。そのあたりも含めて、今度香織と話をしましょう」

 若菜が知りたがっていた、香織の秘密と関わりがあるのと言い含めて、彼女を退散させた。


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