6.信じられない話
作者の都合による世界設定が出てきます。笑って読み流してください。
蜘蛛の子を散らすように皆が出て行ってしまい、幸羽は呆気に取られた。
残されたのは蒼聖と二人だけだ。
(やっぱり、あきれられたのかな? それとも誘拐なんて言ったから失礼だったかしら… )
あせっていると、蒼聖が吐息を吐く。
「全く、嫌な事は全部私に押し付けるのだから困るよ」 不安そうな顔をした幸羽をなだめるように微笑む。
幸羽は目の前の男をまじまじと見つめた。
端正な顔立ちしていて、腰の辺りまである黒髪は組み紐のようなもので、一つに結わえられている。
切れ長の黒い瞳は涼やかで見ている幸羽は、まるで山奥の竹林か寺院にでもいるような錯覚に陥った。静かで清浄な空間。
蒼聖は、ただそこにいるだけで、その場の空気を変えるような雰囲気のある男だった。
「あの、私が失礼な事を言ってしまったから、皆さん気分を害されたんじゃ… 」
「そんなことはないよ。ただ皆は君に泣かれたくなかったのだと思うよ」
「泣くって、私がですか?」 幸羽は思わぬことを聞いたように目を見開く。
「うん。いいかい幸羽君、ここは夢などではなく現実だよ。 君はちゃんと目覚めていて、こうして私と話しをしている。 君がここに来た原因は、誘拐でも事故でもない。自然現象つまり天災だよ」
「えっ、天災? どういう事なんですか。私はただ自分の部屋にいて…」 反論しかけた幸羽を制して蒼聖は続けた。
「突然見覚えのない場所にいたと言いたいのだろうけど、確かに普通は有り得ないことだね。
でも君の場合はあり得る、むしろ当然なんだよ。
なぜなら君は世界を転移したのだから同じ場所に居るはずがない。 ここは君がいた世界とは、異なる世界なんだ」
「はぁ、まさか! いやだなぁ。 まじめな顔で言うのだもの。 もちろん冗談ですよね?
もしかして、誰かに頼まれた『どっきりイベント』か何かなんですか?」 幸羽は苦笑した。
「それならよかったんだが。 すぐには信じられないかもしれないが事実だよ。
ここは君が今まで存在していなかった世界だ。
だからどこを探しても、これまで君の住んでいた場所もないし、当然君を知る人もいないはずだ」
蒼聖は真面目な顔で答える。
「うそ、だってここは日本でしょう? こうして日本語を話しているじゃないですか」
「確かに『日本』はこの国の別名だよ。かなり古い時代はそう呼んでいた。 でも今は『大和』が国名だ。
おそらく、こちらの世界と君のいた世界は隣り合っているはずだから、類似している部分はあるだろう。
朝からの君の様子では殆ど違和感がないようだったしね。 だけど全て同じではないし、君がいた『日本』ではない。
言語については補正が入っている。それなしでは意思疎通は難しいだろう」
「えっと…。仮に、その話が本当だとしても…
どうして私なんですか? 私は何も変な事はしていませんよ。
だって私は自分の部屋で寝ていただけなのに、異世界へは寝ているうちに移動するんですか。いきなり本人の了承も無しに?
大体天災てどういうものなんですか? もしかして他にも誰かいるんですか? 災害なら私一人だけなんておかしいでしょう?
そんなこと夢でも冗談でもなければ信じるなんて無理です!」
幸羽は否定する理由を捜しながら、しだいに混乱していった。
そんな幸羽を落ち着かせるように、蒼聖は淡々と言葉を続けた。
「君以外の転移者は今回はいないよ。もしいたとしたら君同様ここに来るからね。
君がここに来た原因は異空孔だ」
「異空孔? 何ですかそれ」
「覚えているかい? 君はどこかから『落ちて』きただろう?」
「あっ、そういえば… 」 幸羽は温泉特有の臭いと白い湯気を思い出した。
(あの時私は落ちていたんだ。でも落ちるって、どこから?)
「君が混乱するのも仕方ないが、取り敢えず私の話を聴いてくれないか。」
幸羽は半信半疑でうなずいた。
次回も妄想たっぷりの説明回になる予定です。
読んでくださった方に感謝します。