5.緑の境界館
本日二話目です。
食後のお茶を飲み幸羽が一息ついた頃を見計らって、長髪の男が声をかける。
「それじゃ場所を移そうか、君も色々聞きたいだろうし。」
幸羽が戸惑いつつうなずくと、隣の部屋へ案内された。ほかの皆もぞろぞろと付いて来た。
食堂とレトロなガラス戸で仕切られている8畳ほどの和室は居間として使っているらしい。 石造りのデッキが付いていて庭に出られるようになっている。
思い思いに座ると長髪の美男子が口を開く。
「さて、まずは自己紹介しておこうか、私は蒼聖というものだ。 蒼と呼んでくれるかな。
ここは正式名称は『緑の境界館』通称『緑館』と呼ばれている宿だ。 長期滞在の者が多いから半分は下宿のようなところだ。
そして君の後ろにいるのが、ここ館の主の冨貴恵さんだ。 私たちの食事の世話もしてくれている」
部屋の入り口に座っている和服美人が、振り向いた幸羽にニッコリ微笑んだ。
「よろしくね」
「こちらこそ、色々お世話になりましてありがとうございます」 幸羽はぺこりと頭を下げた。
「それから… 」 蒼聖が促すようにスキンヘッドのマッチョな男を見た。
「俺は朗だ。 彫り師だ。 ほぼ神像専門だがな。 それ以外も気が向けば彫る」
強面に見えるが、よく見ればその瞳にはやさしい光が宿っている。 精悍な男くさい顔立ちだ。 仕事がらなのか腕の筋肉が盛り上がっていて、殴られでもしたら飛んでいきそうだ。
「あんたの隣にいたのが中学生の良太だ。まだ十五のひよっ子だ。 ここから学校に行ってる」
「あたしはミア。 ミア=ラズアよ。 占い師をしているの。悩みがあったら相談に乗るわよ。特に男心についてはエキスパートよ。 何でも聞いてちょうだい」
思わせぶりにセクシーな美女がウィンクした。配膳してくれた女の人だ。
「あ、ありがとうございます」 妖艶な微笑みに女の幸羽も思わずドキッとして赤くなった。
それをおかしそうに眺めて茶髪の男の子が口を開く。
「ミア、からかうんじゃないよ。 ああ、俺は葛原 歩。 一応絵師なんだけど絵本を描いているんだ。それなりに売れてるよ。ペンネームは『のんびり歩』だよ。よろしくね」
ガタイのいい朗と対照的に小柄で中性的な優男だ。
幸羽は内心驚く。 どう見ても、良太と変わらない年に見えたからだ。 目を見張ったのに気づいて朗が笑う。
「驚いたか。こんな形だがコイツはとっくに三十路も超えているんだぜ」
「朗、余計なこと言うなよ。仕方ないだろ。うちは童顔の家系なんだから」 歩がムッとした顔をし、まわりの皆が苦笑する。
「ほかにも何人か滞在者がいるんだが、それはおいおい紹介するよ。」 蒼聖が話をまとめる。
「でっ、あんたの名前は?」 朗が問いかける。
「あっ、はい。私は高御位 幸羽です」
「へぇー、幸羽ちゃんか。かわいい名前だね」 歩が微笑む。
「あんたも中学生か?」
「へっ?」 幸羽が怪訝な顔をすると
「おっと悪い、大学生か」 朗が頭を掻く。
「ええっと、一応社会人ですけど… 私23です」 年齢相応にしか見られたことのない幸羽が訝しげに言うと、皆が驚く。
「そりゃまた若いというか、良太と変わらん年だと思ってたぜ。 まぁ、歩にはかなわんが」
「親近感感じちゃうな、俺」 歩がうれしそうな顔をする。
蒼聖は少し考える風にあごに手をやり小声でつぶやく。
「移動によって補正がかかったのかもしれないか… 」
幸羽は気になっていたことを思い切って聞いてみることにした。
「それで、あの…、ここがどこかは解ったんですけど… 私、実はどうしてここにいるのか解らないんですけど… 自分の部屋で寝ていた覚えしかなくって。 まさか間違って誘拐とか事件に巻き込まれたとかじゃないですよね。 あっ、もしかして路上で倒れてたとか?
それとも私はまだ寝ていて夢の中なんてオチだったりして… 」 幸羽の声が段々小さく尻つぼみになる。
その場がしーんとなる。
(あっ、あんまり馬鹿なこと言ったから呆れられている?) 幸羽が冷や汗をかく。
「ああ、俺もう仕事に行かねえと」 朗が急に立ち上がる。
「俺も締め切り近いんだった」
「私もそろそろ出なくちゃ」 歩とミアも独り言のようにつぶやいて、そそくさと出て行く。
いつの間にか富貴恵も消えており、部屋には幸羽と蒼聖だけが残された。
今日も読んでくださってありがとうございます。