43.予見とゾンビ男
新人投入してみました。どうでしょう?
良太から学際の話を聞いた数日後、ボランティア帰りに寄った本屋に長居してしまい、幸羽が店を出た時はすでに暗くなっていた。
「太郎ちゃんが拗ねていると困るから、何かお土産を買って行かなくちゃね」
そんな事をつぶやきながらコンビニスイーツを購入した幸羽が外に出ると、丁度店に入ろうとしていた良太と出くわした。
「あれ、幸羽さんも今帰り? オレもそうなんだけどさ、腹が減って家まで持ちそうにないから何か買い食いしようかと思って」
「そうなの? だけど今夜はお腹空かせてた方がいいと思うな。 いいお肉頂いたからすき焼きだって言ってたわよ」
「うぉっ、ホントに? だったら我慢するよ、早く帰ろう。もう暗いし幸羽さん一人なのも不味いだろ。太郎が騒ぐ」
「お土産も買ったし大丈夫よ。太郎ちゃんも心配性なんだから」
コロッと気を変えて足を反転させた良太に苦笑しながら歩き出す。
コンビニの入り口から数歩ほど離れた時に、こちらに向かってきていた人影が良太に声を掛けた。
「なんだ、良太。何時までも遊んでないでサッサと帰れよ」
「誰かと思ったら先生か。今から帰るんだよ。先生こそこんなとこでどうしたんだ? 」
「うん、オレか、煙草が切れたから買いに寄ったんだよ。この辺りじゃ此処しか置いて無くてな」
知り合いのようで話し始めた二人を幸羽は離れた所で待つ。そして、首を傾げた。
あれ、どっかで…… 。既視感に思いを巡らせて先日見た予見を思い出した。
「ああ、これだったのね」 独り納得してスッキリした気分で立ち話中の二人を眺める。
角度的に予見では見えなかったが相手は背の高い男だ。仕立てのよさそうなシャツと嫌味なくらい長い脚に細身の黒いパンツ履いている。
話の中にでも出たのか、こちらを向き目が合ったので会釈を交わした。 まだ若い男で二十代後半といった所だろうか。長めの髪を無造作に流していて、コンビニの灯の所為か青白く見える顔はモデルの様に整っていた。
「あらまあ、随分イケメンですこと 」
下世話な感想を暢気に呟いていた幸羽は、再び湧きあがった既視感に眉を寄せた。
「ええっと、なんだっけ…… あれっ? 」 首を傾げた途端、フワッとアノ浮遊感に襲われた。
頭の中にコマ送りの様に三つの画像が流れた。それが何を意味するのか理解したのと、幸羽の様子に気づいた良太が声を掛けたのはほぼ同時だった。
「幸羽さんどうかし「良太君こっち来て! 早く!」た、へっ、なに? 」
「いいから、早く来て、そこのあなたも」
呆気にとられたように動こうとしない二人に焦って駆け寄ると、強引に腕をつかみコンビニの駐車場の端まで引っ剝ていく。
「一体、何なんだよ? 」 良太がぼやき、逆らわずについてきた男も困惑している表情だ。
一先ず場所を移して安心した幸羽が説明しようとすると、軋む様な高い音が響きスリップした車がコンビニめがけて突っ込んできた。ガシャン、音を立てて割れたガラスが飛び散った。
車は店にめり込んでいたが、棚に阻まれて奥まで行かずに止まったようだ。車の中の人も動いているので取りあえず命は無事のようだ。
身体をこわばらせて立ち尽くしていた幸羽は良太たちの安全を確認してホッと息を吐いた。
「うわ、あぶねー。あのまま立ち話してたら大惨事だった」
やや顔色が悪いが軽口をたたく良太の言葉で、二人のいた場所が車の通り道だったことに気づいて背筋が冷たくなった。思わず両腕をこすった幸羽を
「大丈夫か?」 男が気遣うように声を掛ける。
そういえばこの人は私をかばってくれたみたいだ。車が通った時幸羽の前に立ってくれたのだ。
「ええと、はい」 お礼を言うべきだろうかと考えながら、ふと視線が向いた男のシャツの袖が赤く染まっている。袖をまくっていたところに運悪くガラス片が飛んできたのだろう。浅い切り傷が出来ていた。
「やだ、ケガしてるじゃないですか」
「あっ、ホントだ。切れてる」 「これぐらいどうって事もない。それより…… 」
差し出したティッシュペーパーで血を拭きとり抑えながら、男が何か言いかける。
「こんな所にまだ居たのか、お前は何やってるんだ。いつまで経っても来ないと思ったら…… なんだ、ケガしたのか? 」
声を掛けてきた少し年上に見える、やはり長身の男が突っ込んだ車と男が抑えた手を見て眉をひそめた。
「ほんのかすり傷だ」
「ならいいが、全く煙草買いに行ってなんでそんな事になってるんだか。それで、こちらは?」
聞くともなしに男二人の会話を聞いていた幸羽の耳がサイレンの音をとらえた。
ええ、ここに居たらまずい? 事情聴取とかされてもまだ戸籍ないし…… 困るよね。 面倒な事になりそうだと内心慌てる。
サイレンの音が次第に近づいてきた。緊急車両なのに気が抜けるようなピロロンというサイレンなのが可笑しい。
いつもは笑ってしまうのだが今は焦るばかりだ。
「あ、あの私、失礼しますね。遅くなると困るので」
突然、話し始めた幸羽に驚いている男たちにぺこりと頭を下げ急いでその場を立ち去る。
「あっ、待ってよ、オレも帰るよ」 良太の声が聞こえたが幸羽は振り返らずに館を目指した。
館に帰り、絶品のすき焼きに舌鼓を打ちながら一連の出来事を話す。
「うわっ、ホントに危機一髪だったんだね」
「そうなんですよ、車が突っ込んだ場所を見てゾッとしました。丁度立ってた所なんですもの」
「だよなぁ。うへぇ、何だか今頃になって怖くなってきたよ、オレ」
「今更、何言ってんだ。たらふく飯食っといて! 」 朗が二の腕をこする良太を呆れた様に見る。
「んでも、随分と機転が利いたじゃねえか。見えたにしろ何時の事かは分かんねぇんだろう? 」
「そうなんですけど、見えたものがアレですしチョット怖かったって言うか、すごく気が急いたんですよね。 嫌な感じがして、何とかしなきゃって焦っちゃって。
それなのに良太君は全然動かないんだもの。
わざわざ手を引っ張って移動させたんですよ、他所の人まで! 」
「オレだって訳わかんなかったんだから仕方ないだろう。それに、ユカリ先生ならそれ位気にしないと思うから大丈夫だよ」
「なんだ、良太の先生だったのか。えらい偶然だな」
「えっ、ユカリ先生? でも男の人だったよね? 」
「ああー、うん。名前だけ聞くとそう思うかもね。たぶん勘違いしているね」
「百賀里って珍しいけど苗字なんだよ。正真正銘の男、二十七歳独身だよ」
「ええっ、そうなの? あの人教師? 見えないわ」 目を丸くする。
「はは、だよねー。どう見ても俳優かなんかに見えるよね。 蒼さんに負けず劣らずって言うか、雰囲気はレオンハルトより? 」
「なんだ面のいい奴なのか? 」
「宝石屋と一緒にしたら先生が可哀そうだよ。確かに顔が良いから女子が騒いでるけど、話も分かるし性格も良いんだ。だから男子にも人気あるんだから 」
「へえー、そうなんだ」 お座なりに相槌を打ったのが分かったのか、揶揄うような表情になった。
「幸羽ちゃんの好みじゃなかった? 背も高いし、それなりに名のある家のはずだよ」
「興味ないです。あんな不健康そうな男」 眉をしかめてしまう。
「あのゾンビ男がまさか良太君の先生だったなんて! 世間は意外と狭いって本当ですね」
「えっ、前に言ってた痴女に間違えられたって人? うわぁ、ビックリだね。それは」
夏の初めの頃、外出先で具合の悪そうな男を公園で世話をしたら、回復した途端痴漢か何かの様に扱われたことがあったのだ。 もちろんその日の内に愚痴っていたので皆が事情を知っているのだ。
「どっかで見たことのある人だと思ってたんですけど、帰り道で思い出しました」
青白く見えた顔色で記憶がよみがえったのだ。ついでにその時の気持ちも思い出してしまい、イラっとして眉間に皺が寄る。
「うん、まあ、ホラ、モテすぎる男は色々面倒な目に合ってるからな。蒼さんなんかも大変らしいぞ」
「そうそう、若い女性の依頼は他に回すって言ってたしね。悪質な追っかけとかいるらしいよ」
「ユカリ先生も女子の相談事は保健室の先生いるとこで聞くんだってさ。苦労してんだよ、きっと」
男たちが皆でゾンビ男を庇い幸羽を宥めにかかったので、怪訝に思いながら首を傾げる。
そんなに怖い顔したかしら? イヤだなぁ、皆して……
男たちのうろたえ振りが可笑しくて苦笑してしまう。
笑顔が戻った幸羽に男たちがそろって息を吐いた。
本日も読んで下さってありがとうございます。




