4.朝ご飯は絶品
部屋の戸を開けると畳の部屋に続いて床の間の小部屋があり、右側にトイレと洗面所があった。 幸羽が顔を洗って部屋を出ると、石造りの廊下に出た。
壁や柱がセメントでも煉瓦でもなく本物の石が組まれてできている。
「ドイツのお城みたい! でも、なんか変だわ。 デザイナーズ建築とかなのかしら?」
修学旅行で行った古城を思わせる造りなのに、サッシ窓がはまっているのを見て幸羽は首を傾げる。
部屋は和室だったし、なぜか廊下には畳が敷き詰められていた。
「ここに敷くなら普通は絨毯でしょう! 何かこだわりがあるのかしら?
ああ、でも他所様のお宅をとやかく言うのは失礼よね」
幸羽は長く連なる畳を見ながらしばらく物思いにふけっていた。
ふと気づくと側にさっきの男の子がいた。
水色のセーラーカラーのついた白い半そでのスェットに、おそろいの水色の半ズボン。 黒目がちな目がかわいい。
「あなたは…えっと… 太郎ちゃん?」 そう呼ばれていたのを思い出して声を掛けるとコクリとうなずく。
そして案内するように先に立って歩き始めた。 幸羽が男の子について行くと階段があった。
階段を降りると、いつに間にか男の子はいなくなり、代わりに高校生くらいの男の子が手招きをしている。
「ああ、やっと来た。こっちだよ」
幸羽は呼ばれるまま進んでいき広い部屋にたどり着いた。そこは食堂らしく、座卓を囲んで食事をしている人達がいた。
「よう、調子はどうだ? まぁ、そこに座れよ」
どこかで見たようなスキンヘッドの男に促され、あいまいに頷きながら席に着く。
周りをうかがうと、右隣には部屋に招きいれた茶髪の男の子が座り、幸羽の反対側にも同じ年くらいの男の子がご飯をかきこんでいる。
目が合うと、ニッと人懐っこそうに見返してきた。 軽く目礼する。
そして幸羽の向かいには長い黒髪の美男子が座っていた。
(うわぁ、こういう人を美形っていうのね。 真奈さんとか騒ぎそう )
などと幸羽がイケメン好きの職場の先輩のことを思い出していると、そこにナイスボディの女の人が食事を運んできた。 カールした黒髪のこちらもエキゾチックな美女だ。
「はい、たくさんお食べなさいな。あなた、あちこちボリューム不足だもの」
長いまつげに縁取られた緑の瞳を意味深に細めて、赤い唇で微笑む。
一瞬見とれた幸羽は言葉の意味に気づいて赤くなった。
着替えさせてくれたのは、きっとこの人だと悟ったのだ。 そして肩を落とす。
(貧弱な身体で申し訳ございません。 でも、あなたと比べたら普通の女は大抵そうですからっ!
私だけじゃ…ないはず、多分… ) 幸羽が少しいじけていると
「大丈夫だ。 野郎みんなが巨乳好きじゃねえからな。 気にすんな、そのうち育つさ」 スキンヘッドの男が笑う。
「セクハラだよ。その発言」 茶髪の男の子があきれたように言う。
「うん。オヤジだ」 それに同意する隣の男の子は、もう食事を終えてお茶を飲んでいる。
「そんなことねぇだろう。俺はフォローをだな…」
「まぁ、良いじゃないか、そんなことは。それよりせっかくの食事が冷めてしまうよ。食べなさい 」
向かいに座る長い黒髪の男に促され
「は、はい。いただきます」 手を合わせて小さくつぶやくと箸を取る。
味噌汁を一口飲んで幸羽は目を見開く。 豆腐とねぎの普通の味噌汁が、あまりに美味しいのに驚いたのだった。
「ははっ、美味くてびっくりしただろ」 様子を伺っていた皆が破顔する。
「冨貴恵さんの作るものは絶品だから」
「ホント、これ毎日食べられる俺たち幸せだよね」
「うん、そうだよ。 あんたも落ちてきたのがここで、ラッキーだったよな」
「えっ?」 思わず幸羽は隣の男の子を見つめた。
(今、なんて言ったの。 落ちてきた?)
幸羽の心の中で何かが引っかかった。
(あれ、私… ) 手を止めて考え込みそうになるが低い声にハッと我に返る。
「良太、おまえ余計なこと言ってないで、さっさと出かけねぇと遅刻するぞ」
スキンヘッドの男に睨まれて、男の子はハッとしたように目をそらすと、そのままお茶を飲み干し立ち上がる。
「ごちそうさま。行ってきます」
そして、部屋の入り口にいた最初に会った女性から弁当を受け取ると出て行った。
「え、えっと」 あっけに取られた幸羽に茶髪の男の子が微笑んだ。
「まぁ、取り敢えず食べちゃったら? 話はあとでゆっくりできるし」
「はぁ…」 幸羽はうなずくと食事に向かった。