31.予兆 1
中々、書き進まないのですが、三月になってしまったので、取りあえず一話出してみました。
読んで下さると嬉しいです。
王子が龍国へ戻って、季節は夏になり、暑い日が続いていた。
毎日ように館に来ていた王子も、王太子としての教育が始まった為、ここ二週間ほど顔を見せていなかった。
何時でも、会いたい時に会える事に安心したのか、真面目に勉強に励んでいるようだった。
「今日も暑くなりそうね。 昨日の人みたいにならないように、気をつけなきゃね」 居間の掃き出し窓から雲一つない空を見上げて幸羽はつぶやいた。
昨日、幸羽は初めて独りで外出していた。 そこで、少々不愉快な思いをしたのだ。
こう暑いと思考能力も、忍耐力も低下するよね。だけど、あの男の方が絶対失礼だった。 幸羽は、その時のことを思い出して、眉をひそめた。
最近は皆も勧めるので、今まで引き籠もっていたのが嘘のように、頻繁に外出している。 そうやって幸羽は、少しずつ行動範囲を広げていた。
一番不安だった言葉は、普通に通じることが解った。 だから、もし迷子になっても、誰かに尋ねられるから安心だ。 幸羽は自他共に認める方向音痴なのだ。
緑館では人間の公用語に言語補正が設定されている。それにより、館内で発する言葉が公用語に変換されると共に、聞く側の身近な言語に再変換されて聞こえる。 そしてある程度の聞き取りができ、語彙が増えて来ると言語が移行していくらしい。
そうやって「門の向こう」からの来訪者に、人間の公用語に慣れてもらっているのだとか。
だから、幸羽が意識せずに普通に喋っていても、最初から公用語に翻訳されて聞こえていたそうだ。
尤も、こちらに存在しない物や概念、幸羽が言語を意識して口に出す言葉は、そのままなので説明の必要があった。
そういう訳で、蒼聖達の計画通りに、幸羽は館に居ただけで、いつの間にか学習できていたのだ。
朝食の後片付けも終わり、幸羽が太郎に絵本を読み聞かせていると、朗が起きてきた。昨夜、彫り師仲間に御祝事があり、朝帰りだったのだ。
「あーっ、久々に飲み過ぎたぜ。二日酔いだな、こりゃ」 頭痛でもするのか、顔色の悪い朗がスキンヘッドに手を当てている。
「ハメをはずし過ぎたね」 新聞を読んでいた歩に笑われて、イヤそうに顔を顰める。
「俺、朝飯はいいわ」 どさっと腰を下ろして、ため息をつく男に幸羽は苦笑した。そして、大酒呑みの宴会の後は空き瓶だけでも大変だろうなぁ、などと暢気に考える。
「大丈夫ですか。お茶飲みます? 」 「ああ、くれ」 いかにも辛そうだ。
幸羽は手早くお茶を入れ、朗とついでに歩にも差し出す。
不意に涼しい風を感じて幸羽は窓に目を向けた。ああ、いい風だと思い目を細める。 そして、急に閃いてポンと手を叩いた。
「そうだ。お薬を飲んだら、どうですか」 良いことに気が付いたと、幸羽は得意そうに言うと、朗はげんなりとした顔をする。
「それ、本気で言ってるのか?」 温めに入れたお茶をほぼ一気飲みして、朗は湯飲みを置いた。
「ええ、だって辛いでしょう? それに、ちゃんと薬屋さんの薬が効くのか知りたいし…… 」
「お前、俺で試す気かよ! ひでぇー女だな」 目を見張った後、ちょっと睨まれて幸羽は慌てて弁解した。
「いやだわ、そんな、心配してるんですよ。これでも、ね、太郎ちゃん」 愛想笑いを浮かべてから、誤魔化すように太郎に話しかける。
すると太郎は朗の側に行ってじっと顔を見つめた。
「おっ、なんだ太郎。もしかして本当に心配してくれてんのか」
太郎は少し首を傾げると、胡坐をかいた朗の膝に乗り、小さな手を伸ばして頭を撫でた。撫でる手つきが幸羽とそっくりだ。
「まあ、太郎ちゃん。優しいのね」 可愛い仕草に、これが萌えという気持ちかしらと、思いながら幸羽は頬をゆるませる。
「ク~っ、ありがとな、太郎」 感激したらしい朗にギュッと抱きしめられ、太郎がジタバタしている。
「随分いい子になったよね。幸羽ちゃんのおかげかな」 歩も目を細めて見ていた。 しまいには、怒った太郎が腕に噛みついて逃げ出したので、朗の腕にはくっきり歯形が付いたのだった。
腕をさすりながら、二杯目のお茶を飲んでいた朗が不意に声を上げる。
「んんっ?」 朗はそのまま暫く、不思議そうに首を捻っていた。 そして、二人に注目されているのに気づいて、何か言いかけて口ごもった。
「もしかして煎れ方が悪かったですか」 言いずらそうにしている朗に、お茶が渋かっただろうかと気になる。
「イヤ、そう言うんじゃなくて、何だか二日酔いが治った気がする。ああ、うん。あの気持ち悪さと、頭痛が何処かへ行っちまった」
「たぶん、脱水症状だったんじゃないですか」 お茶を飲んで回復したのなら、そんなところだろう。
「そうかぁ? 湯飲み一杯飲んだだけだぜ」 腑に落ちない顔をしていたが、取りあえず苦痛は無くなったようで朗の顔色も少し良くなった。
「もしかして、太郎ちゃんに撫でてもらったからだったりして! 」 幸羽が冗談で言えば、歩が話のネタかと目を輝かせた。
「何々、幸羽ちゃんとこの家守りは、そんな御利益あるの? 」 興味深々で聞かれても、その手の話題には疎いし、ましてや実在さえ定かでない者の事を聞かれても困る。 おまけに当の本人はただ今逃走中だ。
そんな話で暫し盛り上がった所に、いつものごとく気が利く富貴恵が食事を持って現れた。
ちゃぶ台に並べられた食事に、早速手を合わせて食べ始めた朗を眺めて、治ったんだから理由なんてどうでもいいわよね。
お気楽な幸羽はそれ以上考えるのを辞めた。
その日の午後、おやつの前に手を洗おうと、幸羽と太郎が廊下に出ると玄関のドアが開いた。 夕方までバイトのはずの良太が早々と帰ってきたのだ。
聞けば、バイト先で足を挫いて早引けしてきたらしい。バイト仲間に送ってもらったようだが、かばう所為か不自然な姿勢で、左足少しひきずっている。
上がり框が大変そうなので、歩に手を貸してもらって、何とか居間まで移動した。
「一応、湿布は張ってもらったんだけど 」 良太は左足に貼られた湿布をそーっと剥いで見せる。そこが、かなり腫れているの見て幸羽は眉を寄せた。
「もう少し冷やした方がいいわね。直ぐ、準備するわね」
「すいません。 アッ、太郎触るなよ! 」 側に座って見ていた太郎が、良太の足に手を伸ばしている。そんな二人の攻防を笑いながら、幸羽は道具を取りに立ち上がった。
氷で足を冷やしながら、良太もおやつに加わる。 今日はピンク色の杏仁豆腐もどきだ。なんでも、ピンク色の花が咲く植物の種が材料なのだそうだ。
甘くて冷たいおやつでちょっと涼しくなる。
「夕方になれば薬屋が戻るはずだから、待ってなよ。丁度切らしてたもんね。口に入れるんじゃなければ良太も平気だろう? 」
歩に厳命堂の塗り薬を勧められて、甘い物を食べているはずの良太が渋い顔をしながら頷いている。よっぽどイヤらしい。
夕方になり薬屋が帰ってきた。 おやつの後、そのまま太郎と一緒に寝ていた良太が話し声で目を覚ました。
「おや、目が覚めたかい。薬屋が戻ったよ」
「僕の薬がいるんだって? 良いのがある。新製品だ」 オタク男が眼鏡を光らせる。何だか、冴えない小太りの男が今日はマッドサイエンティストに見える。
「ああ、いや…… その…… 」 引きつった顔していた良太が 「あれっ」 不思議そうに自分の足を見る。徐に立ち上がり、二三度足踏みをして首をひねる。
「どうしたんだい。無理しちゃ駄目だよ。いくら薬屋の薬が嫌だからって」 心配そうな表情の歩の声には、ほんの少し呆れたような響きが混じっている。
「それ、どういう意味? 栄えある患者第一号になれるのに!」 薬屋がムッとしている。
「いや、オレ、もう、あんまり痛くないような…… 」
「取りあえず、足を見せて、良太君」 出来る事なら怪しい薬は避けたいという気持ちはよく分かるが、足のケガはきちんと治さないと体のバランスがおかしくなる。 場合によっては、腫れが引いたら整体に行くよう勧めようと幸羽は思っていた。
「ああ、うん」 座らせて、足に当てていた物を退けてみると、ほとんど腫れが引いている。 本人も驚きの回復力だ。
「すごいわね。早めの手当てが良かったのね。それとも若いからなのかしら」 幸羽が思わず口にした言葉に皆が笑う。
「若いって! 幸羽ちゃん、君も大して変わらないだろう? 」
「オバちゃんみたいなこと言わないでよ、もう。 ああー、でも助かった。これ位なら薬もいらないよな」 良太がホッとしたような顔しているのを見てイタズラ心が湧きあがる。
「でも、念のため塗っておいた方がいいんじゃないかな。ほら、新薬だって言うし 」 揶揄ってみると、手と顔をでブンブンと振り、良太が焦ったような声を上げた。
「いや、大丈夫。もう痛くないし。この程度に薬なんて、ほら、勿体無いよ」
「だね。内薬はともかく新薬は過剰だ。残念だ。せっかくのお試しなのに」 残念そうに薬屋が息を吐く。
「内薬? 塗り薬じゃないんですか?」
怪訝な顔をした幸羽に何故か歩が説明してくれる。 それによると、厳命堂の外用薬である、塗り薬には二種類あって、一つは傷や火傷、虫刺されなど身体の外の症状に効くもの。もう一つは打ち身や骨折などの身体の内部の症状に効くもので、それぞれ外薬、内薬と呼ぶらしい。
「じゃあ、新製品は別の塗り薬なんですか? 」 興味を引かれた幸羽が尋ねると、今度は当然だが薬屋が答える。
「いいや、飲み薬だよ。体を活性させて、一緒に使う薬の効き目が良くなる」
飲み薬と聞いて、ますます飲まずに済んだ事に良太が胸を撫で下している。
そんな薬もあるのかと感心していた幸羽は、そのあとにボソッと続けられた言葉に目を丸くした。
「外薬と使えば、指の一本位は三日で生えるよ。 たぶん」
こちらの世界の人達の身体組成が違うのか、薬屋の薬が本人の言うように特別に効果が高いのか、幸羽にはわからない。
だけど、こういう不思議な事や物を知る度に、しみじみと、自分は異世界にいるんだなぁと幸羽は思う。 そして、やっぱり変な夢を見ているのでは、という疑念も未だに頭をよぎったりするのだった。
「へぇー、そりゃ危ないとこだったな」 朗が良太の足の話を聞いて笑う。
「オレも今朝は二日酔いに負けて、もう少しで薬に手を出すとこだったぜ 」
「なんだか、怪しいというか、やましい薬の話みたいだね」 苦笑する歩につっこまれて朗が顔を顰める。
「効く事は効くが、十分怪しい薬には違いないだろうが」
「失礼な! 僕のは違法なくすりじゃないよ」 薬屋がムッとした声を上げた。
こちらの人から見ても怪しい薬なんて。お世話にならないように健康には気を付けよう。
そんな風に幸羽は思い、その日は早寝をしたのだった。
頭の中の妄想を文章にしてくれる機械はない物でしょうか? でも、あったらあったで恥ずかしいような……
新しい章になったのですが、まだタイトルが決まってません。 苦手なんです。 考え中です。
本日も拙作を読んで下さって感謝します。




