3.いつもと違う朝
前回、話が進まないとわけが分からない話にしてしまったような気がします
そのうち出てきますので、そこまでお付き合いしてください
鳥の鳴き声が聞こえる。 もう朝なのだろう。
しかし仕事が休みの幸羽はもう少し惰眠をむさぼろうと、寝返りを打った。
すると何か頬に触れるものがある。
(んっ?) 内心首をかしげる。目を閉じたまま手を伸ばしてみると、柔らかなものに触れた。
さすがに目を開けてみると、枕元に男の子がいた。
3歳くらいのおかっぱ頭の、たぶん男の子が小さな手で幸羽の頬をなでていたのだ。
「あなた誰?」 訊かれた男の子はクリッとした目を見開くと、首をかしげる。
「ええっと、どこからきたの?」 何も答えず不思議そうに見つめるだけだ。
(どうしよう…) 幸羽が困惑していると、部屋の外から別の声がした。
「太郎ちゃん、邪魔しちゃダメよ。」 太郎と呼ばれた男の子は立ち上がると出て行った。
「なんだったの? 今のは?」 自分の目を確かめるように瞬きを繰り返しながら起き上がる。
そして幸羽はここが自分の部屋ではない事に気づく。
幸羽の部屋はフローリングの1LDKなのだが、そこは8畳ほどの和室だった。
(えっと、ここはどこ?)
寝起きということもあって頭がうまく働かない幸羽は、そのまましばらくフリーズした。
「ごめんなさい、目は覚めた? 入っていいかしら? 」 涼やかな声がして、幸羽はわれに返った。
部屋のふすまが少し開けられて、そこから女性が顔をのぞかせた。
「は、はい」 反射的に答えると、入ってきたのは三十代くらいの品のよい美人だ。
有名料亭の女将とでも言えば良いのか、黒い髪を一つにまとめ、はんなりと和服を着こなして、それでいてどこか貫禄がある。
「身体の調子はどうかしら? 気分は悪くない?」 気遣わしげに訊かれて、幸羽は首を振る。
「大丈夫です。どこも悪くはありません」
「ならよかったわ」 女性は優しく微笑むと手に持っていたものを差し出す。
「それじゃあ、着替えをしてもらおうかしら。 寝巻きでは不便でしょうから、こちらで用意したのだけれど。 といっても急だったからこんなものしかないのだけれど」
差し出されたのは薄紫色の地に白い藤の花の柄の浴衣と若草色の帯だった。
「着方は解るかしら? 」 小首を傾げられ、幸羽はうなずく。
「ええっと、はい。浴衣くらいなら。」
「そう。それから、あなたの着ていたものも乾いたから持ってきたわ」
浴衣と見覚えのあるパジャマを受け取って、幸羽はそのとき初めて自分が旅館の寝巻きのようなものを着ているのに気づいた。
「あの、これって… 」幸羽が寝巻きの袖をつまんで問う様に見つめると
「ああ、断りもなくごめんなさいね。 濡れていたから着替えさせてもらったの。 あなたは意識がなかったし。」
「えっ」 思わぬことを聞いて、目を見開く。
(今意識がなかったって言った? それ、私のこと?)
「あの私… 」 動揺した幸羽をなだめるようにその女性は微笑んだ。
「いろいろ聞きたいことはあるでしょうけど、取り敢えず身支度して頂戴な。
ここを出ると右側に洗面所と御不浄があるから、済んだら下に降りてきてね。
朝ご飯が用意してあるから。 階段は部屋の前の廊下を左に行くとあるわ」
そう言って、タオルと歯ブラシなどが入ったアメニティセットを渡すと幸羽が戸惑っているうちに部屋を出て行ってしまった。
一人残されてしばし呆然としていたが、気を取り直すと幸羽は着替えを始めた。
そして寝巻きの下に何も着ていないのに気づいて赤面する。
慌てて渡された着替えの中を探し下着があるのを見つけてほっとし、今度は青くなった。
(洗濯されてる… ) 幸羽は、がっくりとうなだれた。
幸羽は少々落ち込みながら着替えをし改めて部屋の中を見渡す。
部屋の隅に一畳ほどの床の間と押入れらしき襖があるだけで、他は何もない部屋だが、畳は青々としているし縁も高級そうだ。
どこかの温泉旅館といった風情だ。
「旅行の夢を見てるのかな。どうせなら、亜紀たちと一緒に行く夢だったらよかったな。
『ギャラを出さなきゃ出演しない』 なんていうかもしれないけど。
ええと、お布団は一応畳んだ方がいいよね。」
窓を開けて寝具を片付ける。 朝の風がさわやかで気持ちいい。
「朝ご飯はなんだろう。お腹がすいた」 のんきにそんな事を考える。
幸羽はこの異常事態ともいえる状況に、いつの間にか適応していた。
夢の続きだと思っていたのだ。
そう、こんなことあるはずがないのだから。
読んでくださってありがとうございます。
それにしても、投稿する前に誤字が目に入らないのはなぜでしょう