29.別れの時
お久しぶりです 何とか一月中に間に合いました
王子の滞在期限の満月が近づくにつれて、王子は時折ボーっとしていることが多くなった。
太郎と遊んでいても、ふと気づくと幸羽をジッと見つめていたりする。
王子も幼いなりに思う所があるのだろう。自分も子離れする心の準備をしておかなくてはと幸羽は思っていた。
おそらく、ここを出てしまえば会う事は難しいだろう。 今のうちにうんと楽しい思い出をつくってもらおう、と幸羽は考えていた。
その日幸羽は良太に連れられて初めての外出をしていた。蒼聖から許可が出たので王子に持たせるお土産を見たいと思ったのだ。
外は日本とよく似ていた。 道路は土を固めたようなもので舗装され、歩道や街路樹もある。道路の真ん中にレールがあり路面電車のような箱型の乗り物が連なって走っていた。
高層建築物もあるがそれらの外壁は石組みだ。お店は二十四時間開いている百貨店が一定の区画ごとに建設されているらしい。
こちらにも電子マネー様の仕組みがあるらしく身分証明書になるカードで全て支払いができるのだとか。
「どうだった、初めての外出は? 」
「ほとんど違和感がなかったというか、あまり元居た所と変わらなくて、ちょっと拍子抜けしました。
皆さん普通に歩いているし、人間しかいなかったし異世界というより何処かに旅行に来てるって感覚ですかね。もっとファンタジーな街並みだと思ってました」
「ファンタジー? なんだそりゃ。どんなだと思ってたんだ」
「だって、太郎ちゃんやシンちゃんが普通にいる所ですよ。モフモフな尻尾や耳を持った人がいるとか、箒や絨毯で空飛んで移動しているとか、何て言うかおとぎ話的な光景を想像してました」 幸羽は買ってきたおもちゃを広げている子供たちを見ながら不満気な顔をした。
「箒? なんでそんなものが出て来るのかな。そんな名前の乗り物があるのかい? こっちじゃ掃除道具なんだけど?」 歩が首を傾げた。
幸羽が自分のいた世界の現状と、よくあるファンタジーの世界設定について話すと皆面白がった。 歩などはネタにするのかメモまで取り始めた。
「この国は人間の領域だから人間しかいないよ。 一部混じってるそれ以外の種族も、擬態が義務づけられているから見た目で区別できないしね」 警備のため館に待機中の蒼聖が教えてくれる。
そして幸羽は今更ながらこちらの社会事情を説明された。
館に軟禁状態から引き続き卵妊婦になり、その後も出産や子育て等で忙しく、その辺りの情報は後回しになっていたのだ。
大和では電車もどきや自動車もどき、そして飛行機というより飛行船もどきが一般的な乗り物だった。だが驚いたことに空飛ぶ箒はないが、絨毯は他国に実在するらしい。
そして存在を知る人達には「あちら側」とか「門の向こう」とか呼ばれている人間以外の種族の住む国々では、不思議な生き物が移動手段に採用されているのだとか。 王子の教本によると、龍国でも天馬が騎獣として採用されている。
どうやらファンタジー要素は「あちら側」に多いらしい。 せっかく異世界に来たのだから、いつか行ってみたいと幸羽は思った。
残り少ない王子との日々は名残惜しくも慌し気に過ぎていき、別れの日がやって来た。
王子は、また背が伸びていたが、少しずつ成長のスピードが堕ちてきているようだ。このまま大人になって行くのを見届けられないのが残念だと幸羽は思う。
その王子は朝から部屋に閉じこもっていた。誰に教わったのか、しっかり食料も確保済みだ
午後になって使者たちが迎えに来ても部屋から出てこない為、館の皆も困っていた。 もちろん部屋の戸を開けるのは簡単なのだが、王子の心情を思えば、誰もが無理強いはしたくなかった。
お迎えの使者たちに一応挨拶を済ませた幸羽だったが、肝心の王子が出てこない。これ以上は待てないと判断して、仕方なく幸羽は王子が立て籠もっている部屋の前に行き、説得することにした。
「シンちゃん、いつまでも隠れていないで、出てらっしゃい。お迎えの方たちが待っているわよ」
「やだ、帰らない。ここに居る」 部屋の中から声がする。
「そんな事言ったって、シンちゃんの本当のお家は此処じゃないのよ。それにシンちゃんは王様になるんでしょう? 此処じゃ、その為のお勉強ができないの」 話を聞いている気配はするが返事はない。幸羽はため息を飲み込んで話を続けた。
「自分の国の事も知らない王様なんて可笑しいでしょう? 国民が困るわよ。
私はシンちゃんに、そんな王様になってほしくないな」
部屋の戸が少し開いた。
「幸羽は、オレが良い王になると嬉しいか? 」 ためらう様に小さな声が問いかける。
「もちろんよ。シンちゃんなら、きっと成れるわ」
「オレと会えなくなっても? 幸羽は平気なのか?」 ハッとして幸羽は口ごもる。
「そ、それは私も会えなくなるのは寂しいけれど…… でもね、シンちゃんの帰りを待っている、あなたのお父様やお母様、あなたの国の人達の事を思えば、我慢しなくちゃね。
特にあなたのお母様は、あなたに会えるのを、指折り数えていたと思うわ」
幸羽の脳裏に月夜の麗人の寂し気な顔が思い浮かぶ。
「どんなひと?」
「うーん、一度しかお会いしてないけど、とても綺麗な人よ。ずっと眺めていたいくらいにね。 それでね、卵だったシンちゃんの事を宝物だって言ってたのよ。
シンちゃんが私たちと一緒に居たいと思ってくれるのと同じ位、ううん、それよりもっと、あなたの側に居たいって思っているわ。 だから早く帰ってあげなくちゃ、お母様を悲しませちゃダメよ」
王子は、しばらく無言のままだったが
「うん…… わかった」 そう言うと部屋から出てきた。 幸羽は王子と手をつないで使者の待つ部屋に向かった。
部屋の前で王子が立ち止まる。
「もう会えないのか? 会いに来ちゃダメか? 」 王子は泣きそうな顔をしている。
「そうね、どうかしら。あなたの国にも決まりがあるからね」 幸羽がそう答えると王子は不満気に顔を顰めた。
「そんなの、オレには関係ない。オレは王になるんだから! 」
王子のオレ様発言に幸羽は眉をひそめる。 子供のうちの我儘なら少々オレ様でも構わないが、将来愚かな暴君にはなって欲しくない。
それでは皆の迷惑だし、可愛い王子がそんな風になるのはイヤだと幸羽は思った。
「あのね、シンちゃん、国の決まりは皆が守るの。もちろん王様もよ。 王様が守らないような決まりを誰が守るの? 変だと思わない? 」
幸羽はこの際だと思い、国の法について自分が知っている事、思う事を王子に話した。
「だからね、何でも一人で決めないで相談して、一番いいものを選ぶといいわ。間違いが少なくなるからね」
神妙な顔でうなずく王子を幸羽はぎゅうっと抱きしめた。 素直で可愛くてオレ様?なシンちゃん。愛しい思いがあふれそうになった。
幸羽は思いを胸に押し込めるようにして一息つくと、王子に微笑みかけてから部屋の戸を開けた。
使者たちは部屋の前での会話に感心していたこともあり、待たされたにも関わらず好意的な雰囲気で二人を迎えた。
「王太子殿下、お迎えに参上いたしました」 翡翠の言葉と共に使者たちが一斉に頭を下げた。
「うん、わかった」 王子はポツリと返事をしてから、幸羽を振り返った。そして幸羽に抱きつく。
幸羽は王子の背中を軽くたたいて、ささやく。
「シンちゃんの事ずっと忘れないわ。シンちゃんも私の事、覚えていてくれる? 」 うなずいた頭をそっと撫でた。
玄関先でぺこりと一度頭を下げると、王子は振り返らずに館を去って行った。
その場に立ち尽くす幸羽を、いつの間にか側にいた太郎が心配そうに見上げた。
「うん、行っちゃったね。寂しくなるね」 幸羽はその場にしゃがみ込み、膝を抱えて俯くと肩を震わせた。
そのまま暫く座っていた幸羽が顔を上げると、富貴恵が蒸しタオルを持って立っていた。
「ハイ、顔をお拭きなさい。お役目ご苦労様でした。 貴女は立派でしたよ。 今日はゆっくり休みなさいね」
幸羽は礼を言って受け取リ顔を拭くと、赤い目で太郎に微笑んだ。
「大丈夫よ、太郎ちゃん。 ちょっと早いけど寝ちゃおうか? 」 うなずいた太郎を連れて部屋に行き、幸羽はそのまま寝てしまった。
居間から幸羽の様子を窺っていた男たちは、ほっと息をつく。
「はー、やれやれ、やっと泣き止んだか」 「仕方ないよね。可愛がっていたもの」
「もう遊びにも来れないんスか、蒼さん? 」 良太が蒼聖を見つめる。
「さあ、どうだろう。陛下のお心次第かな。 私はあちらの事情は詳しくないしね」 蒼聖は眉を寄せて答えた。
なんとなくしんみりとしたまま夜が更けた。
王子が去ってから二日位、幸羽は元気がなかった。
それなのに三日目には「幸羽、会いに来た! 」 王子が満面の笑みで館に現れた。
「シンちゃん、どうしたの? 一人なの? ていうか、どうやって来たの? 」 もしや城出かと幸羽が、再会を喜ぶよりも慌てていると直ぐに龍宮の御付きの者たちがやって来た。
その人たちが言うには国王より訪問する許可が下りたのだとか。 無断で来たわけではないことが解り皆がホッとした。
王子の希望によるものだが、王妃や関わった使者たちの口添えがあって実現したらしい。 なんでも、幸羽の教育?が龍宮内で評判になっており、時折尋ねることは良い勉強になるだろうと判断されたとのことだった。
「そんな、教育なんて、私…… 」 恐縮する幸羽に、龍宮で王子の侍従長を務めることになった男は微笑んだ。
「龍宮の養母の殿下への献身やご教授ぶり、加えて王妃様への御心使い。どれも素晴らしいと、皆感じ入りました」
「はぁ、それは、その、有難うございます」
「それで滞在中の殿下の警備と移動の手段は…… 」 生返事をする幸羽に代わって、仕事先から急遽呼び戻された蒼聖が、今後の警備体制を確認した。
その結果「緑館」自体が強固な結界で守られているため、新たに警備は付けず、王子の滞在時には念のため「神龍寺家」の者が直ぐ動けるように待機する。 そして、王子は不思議道具で一人で館を行き来することになった。
直系王族にだけ使用が許される、龍宮の不思議道具があるのだそうだ。 最も龍国人の場合は体内に吸収されるそうなので、道具とは言えないかもしれない。
それにより任意の場所への移動が可能なのだとか。
何それ、便利! 幸羽は心の中で叫び、異世界の不思議に思いをはせた。
何処かに青い猫型の彼?もいたりして…… いるといいな
こうして王子は親公認で、時々館に遊びに来る様になった。
やっと、二つ目の区切りに辿り着きました。
読んで下さった皆さんの広い心に感謝します。
一度躓くと投稿期間が開いてしまうので、少し書き溜めをしようと思っています。しばらく投稿しません。 なるべく早く再開したいです。




