23.龍宮の王子
新月まであと三日になった日、幸羽は蒼聖に相談していた。
「シンちゃんの産着とか用意しなくていいんでしょうか? すぐに向こうに行くって言っても裸ん坊じゃ困るでしょう?」
「ああ、心配ないよ。前日になったら結界札なんかと一緒に身の回りの物も届くはずだ。
もちろん殿下が無事に出て来るための呪符もね。龍国の者は当日迎えに来る。 いままで警備上接触を避けていたから、龍宮の関係者は殿下はもちろん、君に会うのも楽しみにしているよ」
「うわぁ、緊張してきた。私なんかで、がっかりさせたらどうしましょう」 胸を押さえる。
「そんなことはないよ」
「うーん、だけど産んじゃったらもうお付き合いはしないわけだから、そう心配しなくてもいいのかも」
考え込んでいる幸羽を見て蒼聖はそうはならないだろうと思っていた。 龍宮の養母の肩書がつくのだから色々面倒な付き合いがあるだろう。その時まではそっとして置いて、妙なことに巻き込まれないように守ってやろうと館の皆は決めていた。
異世界から来て、更に大役を仰せつかってしまった幸羽に、皆同情していたのだ。
だが悪いことばかりではなかった。 養母になることにより龍国の貴族位を手に入れたので、この国の名誉国民として戸籍ができたのだ。 これから生活して上でかなり役に立つだろう。生活費も不自由しなくなったし、異世界人で身寄りのない彼女の後見は多い方がいい。
見かけよりも長く生きている蒼聖はすっかり保護者目線で考えていた。
話が終わって部屋を出ようとした雪羽は、廊下の端に何か光るものが落ちているのを見つけた。
なんだろうと近づくと、いつの間にか側にいた太郎が、お腹の大きな幸羽の代わりに拾ってくれる。 小さな紳士の頭を撫でてお礼を言うと、太郎は目を細めた。
手渡されたのは少し青みがかった薄いガラス片のようなもので丁度甘栗のような形と大きさをしている。 何だろうと幸羽が思っていると、後から出てきた蒼聖が声をかける。
「どうかしたかい? ああ、鱗だね。もう生え変わりの時期か」
「鱗? 誰のですか?」 聞いた幸羽を虚を突かれたように暫し見つめた後、蒼聖は破願した。
「ええっ、なんですか?」 美形の微笑みを間近で見て、幸羽は思わず赤くなってうろたえる。
「いや、君が随分ここに馴染んだなと感慨深くてね。 普通の人間は鱗を見て『誰の』とは言わないよ。実はね、君が来た当初は、君の体が世界に適応したら記憶を操作をして他所に移すつもりだったんだ。 でも君は人間以外も拒絶せずに、ここを受け入れてくれたからね。
君で良かったよ 。こっちの人間でも中々こうはいかない。
できれば役目終わった後もここに居てくれたまえ。太郎も望んでるしね」 太郎がコックリうなずいて小さな手で幸羽のワンピースをつかんだ。
「もちろんです。こちらからお願いしたいくらいです。」 焦った様に幸羽が答える。
「美味しいごはんが食べられて、カワイイ太郎ちゃんや皆さんがいるのに他所に行くなんて考えられません! 迷惑じゃなければずっと居たいです」 それを聞いて蒼聖は太郎に笑いかけた。
「よかったな太郎」 とりあえず太郎の不機嫌によるいたずらの被害は未然に防げたなと、蒼聖は安堵した。
いよいよ新月を迎える日になった。 朝から準備が始まる。
幸羽の部屋は和室に戻され結界札が貼られた。これで外からの影響を防ぎ任意のものしか出入りできない空間になった。
館自体も外界から守られているので幸羽の部屋は二重に守られることになる。
日中は普段通りに過ごし早めの夕食と入浴を済ませると幸羽は部屋にこもった。用意されたお腹の当たりが開いている産衣に着替え出産?のための呪符をお腹に貼った。
龍国の女性は、有袋類の袋のような場所で卵を育てるため、元から出口があり赤ん坊も自分ではい出てくるらしい。 この呪符はその代わりに人間の養母に赤ん坊が出るための一時的な扉をつくるものだ。
幸羽は緊張しながらも王子に会えるのを楽しみにしていた。
いつの間にか眠ってしまっていた幸羽はまぶしい光に目を覚ました。 目を細めながら開けるとお腹の上に光る赤ちゃんが浮いていた。
「生まれた!シンちゃん」 起き上がって腕に抱きとめる。
金色の髪の丸々とした赤ん坊が目を開ける。 紺色に近い深い青だ。
「やっと会えたね」 小さな手を伸ばしてくるのに微笑む。体にまとっていた光は徐々に治まってきえてしまった。 そして部屋の外から冨貴恵の声がした。
「幸羽ちゃん、御生まれになった? 入っていいかしら」 幸羽が許可すると、たらいを持った冨貴恵が入ってきた。
「まぁ、立派な殿下ですこと! 取りあえず産湯と着替えをして頂きましょう」
冨貴恵が実家から取り寄せた御神水の産湯にそっとつける。 金の髪は一部長く尻尾のように伸びているのだが、幸羽が手を放そうとすると腕にくるくると巻き付いた。
「あら、あなたと離れたくないみたいね」 片腕を取られてしまった幸羽は冨貴恵と顔を見合わせる。しっかり巻き付いている様子がとても愛しく思えた。 見た目はへその緒の代わりに尻尾もどきがあるくらいで、人間の赤ん坊と変わらないようだ。
幸羽は王子の支度が済んでから自分も着替えた。 立ち上がった時に呪符が剥がれたのはわかっていたが改めてみると跡形もなくお腹は元通りになっていた。
「すごい。アッという間にへっこんじゃった。この呪符向こうで売ったら絶対売れるわ」
異世界の不思議道具に目を丸くする。 こんなものが普通にある世界に来てしまったんだと、今更ながら再認識してしまう。
王子を腕に抱いて部屋を出ると部屋の前に太郎とタマがいた。
「ほら太郎ちゃん、シンちゃんよ!」 太郎はシンちゃんを見てコックリうなずいた。 連れだって居間へ降りると夜中にもかかわらず皆が起きて待っていた。 歓声が上がる。
「生まれたか、どれどれ。おう、元気そうじゃねぇか」「うわぁ、ホントに青い目だね」
「よく育ってコロコロしてるよ。かわいいね」 口々に言っては幸羽の腕の中を覗き込んだ。
「お疲れ様、幸羽君」 蒼聖に労われてホッとする。
「はい、おかげ様で無事に終わりました。でも寝ているうちに生まれていたので、そんなに大変じゃなかったです」
前日必要なものを運んできた龍宮の使者がやたらと格式ばった人達で
「恙無くにお役目を果たされますように」 などというモノだから少々プレッシャーだったのだ。こっちの世界でも、やはり王子様ともなると周りは堅苦しくなるんだなと、幸羽は思ったのだ。
「ねぇ、ちょっと抱かせてよ」 歩が手を伸ばして受け取る。すると例の尻尾?がくるくると幸羽の腕に巻き付いた。
「あれ、なんかからまってるよ」 それに気付いた良太が外そうとする。途端に顔をしかめて泣き出した。
「ああっと、そのままにしてくれる? 私にくっついていたいみたいだから」
「ごめんごめん」 うろたえた良太が慌てて手を放し謝る。
「うわぁ、ぷにぷにだ。赤ちゃんてこんな感じか」
「創作意欲が湧いたか歩?」 朗がからかう。
しばらく王子を囲んで談笑していたが、歩に抱かれている王子が居心地悪そうにモゾモゾしたので幸羽に返した。するとなんとなく満足そうな顔をする。
「やっぱり幸羽ちゃんが良いってさ」「そりゃそうだろう」 皆が笑った。
そうこうしているうちに龍宮から使者がの迎えが来た。
初めからわかっていた事だが、すっかり情が移ってしまったので離れるのは正直辛かった。 けれど心の準備をしていた幸羽は「そういうものなんだから」 とあきらめはついていた。
「やっと会えたけど、もうお別れだね。シンちゃん」 幸羽は小さくつぶやいた。
やっと生まれました。ゆっくり進行ですみません。見捨てずにいて下さるとうれしいです。
本日は読んでくださってありがとうございます。




