22.卵妊婦な日々
幸羽のお腹はみるみるうちに大きくなった。中の卵も大きくなる為、お腹に触れるとやや硬い。 人間本来の妊娠とは違う場所に卵はいるらしい。
「すげーな、見る度にデカくなってないか」 朗が半ばあきれたように言うのに
「私もビックリです」 朝食後のデザートに、白玉ぜんざいを食べながら幸羽がうなずく。
「成長が早いからね。そろそろ一度医者に診てもらおうか」
「えっ、医者ですか? 普通の所で診てくれるんですか?」 卵妊婦なのに大丈夫なのだろうか。それとも、こっちじゃ当たり前なんだろうか? 幸羽が考えていると、
「そういう系統を扱う先生がいるんだよ。 君は外出できないから、往診か何かほかの手を使うかだが相談してみるよ」
蒼聖が言うには、人間以外やその他のモノによる病の専門医がいるのだとか。
「ところで幸羽ちゃん、朝からそんな甘い物ばかり食べて平気なのかい?」 歩が心配そうに見ている。
「たぶん大丈夫です。 シンちゃんも好きだし」
「ホントかよ」 朗が不審そうな顔をする。
「あら、本当ですよ、だって喜ぶもの。反対に酢の物は嫌いみたい。嫌がってモゾモゾするんですよ」
なんとなく思い浮かぶ形で感情や意思が感じ取れる様になってきたのだ。 それに時々中で動いているのが振動として伝わって来る。
話しかけて反応があると可愛さも一入だ。 幸羽はすっかり母親気分だった。
「へぇ、そんなことも解るんだ」 ニッコリ笑う幸羽に歩が感心する。
隣に座ってぜんざいを食べていた太郎が幸羽のお腹を撫でる。 何やら二人?は通じ合っているようだ。
「太郎ちゃんとも仲良しだし」
「甘いもの好きの王子様になりそうだね」
「太郎ちゃんみたいな王子様なら国は平和で将来も安泰ね」 幸羽は太郎に微笑んだ。
「それで国民は王子様のいたずらの被害にあうのか? オイ、太郎、いい加減に押入れ開けろよ!」 朗に言われて太郎がぷいっと横を向く。
「ハハハ、また閉められちゃたのかい? 急ぐんなら富貴恵さんに頼むといい」
家守りの太郎は館の中ならどこにでも出入りするし、扉や窓を閉め切ることもできるのだ。他にも建物に関しては色々できるらしい。だから気に入らないことがあると朗のようにいたずらされてしまう。
ちなみに家主の富貴恵さんも同様のことができる。幸羽は自分の部屋をフローリングに変えてもらったのだが、ものの五分もかからなくて目を丸くしたのだ。
「さてと、お腹も一杯になったし、食器を片付けたら日向ぼっこでもしようかしら」 つぶやく幸羽を歩が笑う。
「まるでタマみたいだね」
「食って寝てか」
「だってシンちゃんが好きなんですよ」
「おいおい、なんでも卵のせいにするなよ」 呆れた様に言われて少しムッとする。
「本当ですよ。 そうでなきゃ直射日光なんてお肌に悪いものワザワザ浴びませんよ。
あっ、そうか私は帽子でも被ればいいのね。お腹に日が当たればいいんだもの。 ミアさんに買ってきてもらおう」
養母として支度金が出たので気兼ねなく買い物ができるようになったのだ。
食器を持ち部屋を出ようとした幸羽が急に立ち止まる。 そして何やら呟いた。
「どうかしたのかい幸羽君」 怪訝そうに声をかけられ振り返る。
「シンちゃん温泉も好きらしくて、お風呂に入りたいって言うから、少し休んでからねって話していたんです」
「どうやら本当に元気な殿下らしいね」 蒼聖が苦笑する。
「わがまま坊主じゃねぇか」
「朗、無礼だよ。相手は王子様なんだから」 朗の暴言を笑いながら歩が窘めた。
次の日の午後、外先から戻った蒼聖が幸羽に封筒を差し出した。
「このなかの呪符をお腹に貼ってくれないか。2~3分安静にしてから今度は呪符に触れずに封筒の口をこんな風に開けて欲しい。 そうすれば勝手に剥がれて中に収納されるからね」 幸羽は心得た様にうなづく。
「これが診察代わりなんですね」
「そういうことだ。早速たのむよ」
張り終えたお札を持って蒼聖は、また出かけて行った。
夕食を食べていて幸羽が箸を止める。
「それは美味しくないと思うわ。お腹も壊しそうだし」 いきなりぶつぶつ言いだしたのを皆が怪訝そうに見た。
「なんだ、またわがまま言ってんのか?」 呆れた朗にうなづく。
「シンちゃんたら、鰹のお刺身に生クリームをかけるって言うんです。昨日のシフォンケーキに添えたクリームが気に入ったみたいで」
困ってしまう。少なくとも自分は食べたくない。と幸羽は思う。
「そりゃまた珍味だろうね」 「甘い刺身? オレ、そんなもの食いたくないな」 「ゲテモノ好きか?」
「食べ合わせは問題ない。 だけど味は保証しない。 僕はごめんだね」 普段無口な薬屋まで加わって賑やかになる。
甘くないワサビ入りのクリームならいけるかな? 幸羽は首を傾げる。しかし甘くなければ彼には意味がないだろう。
結局デザートを生クリームを使ったものにする事で落ち着いた。富貴恵が笑顔で請け負ってくれたのだった。
「ホントに会話できるんだな。ていうか味が判るのか!」
「甘いもの好き仲間が増えてよかったでしょ」 良太が感心するのを幸羽が茶化して笑いがこぼれた。
皆が食べ終わる頃蒼聖が戻ってきた。
「お帰りなさい」 「どうだった?」 皆に聞かれながら食卓につく。
「ああ、問題ないよ。発育も順調だし、何より中の殿下が上機嫌らしい」
「そりゃあ、我が儘言って、おまけに好きなモンたらふく食ってるしな」
「だろうね」 「快適な卵生活を送ってるよね」 皆が納得してしまう。
「百城先生が…… ああ、君を見てくれる先生は百城先生というんだが、特殊な病の診療所を開いているんだ。その先生がね、一般人の普通の女性が龍宮の養母になって、こんなに順調に育てているって驚いていたよ」
「普通って? ああそっか、なんか選抜されるんだっけ」 良太が自分一人で納得している。
龍宮で婚姻が結ばれると、いつ必要になってもいいように適齢期の娘を養母候補として選んで置くのだとか。その選考には所謂霊能力の高い者や、特別な血筋とかが優先される。 そして、必要な教育をして一定の期間が過ぎたら入れ替えをしているらしい。 なので異世界人ではあるものの一般庶民の幸羽はイレギュラーな存在なのだ。
「教育なんて私、受けてないんですけど。今更ですけど大丈夫でしょうか」
「私も中身までは知らないが、養育に関するものじゃないかい。殿下は健やかに育っているから問題ないよ」 うろたえる幸羽を蒼聖が宥める。
「そうですよ。そんな事を知らなくても、あなたは十分愛情をかけてますからね。それが何より大切なんですよ」 いつものように部屋の隅に座っていた冨貴恵が、優しい目で幸羽を見つめた。
「そういや、お前一日中ブツブツ言ってるもんな。傍から見たら怪しい女に見えるぜ」
「怪しいなんてひどいです」 からかわれてムッとした幸羽は、どうも最近自分が感情的になっている気がしていた。 これも卵妊婦になっているせいだろうと、幸羽は思っていた。
皆に順調だからそのままで大丈夫だと言われ、幸羽は一先ず安堵した。 そして、生クリームがたっぷりのったフルーツケーキを食べながら、お腹の中の王子様に思いをはせたのだった。
十か月でも大変なのに象さんは二年もお腹に入れて置くそうですね。その献身を尊敬してしまいます。
世の中のおかーさん方に称賛とエールを!
読んで下さった方に感謝します。




