12.太郎とタマと男たち
和やかに食事が終わり食後のお茶を配るのを手伝っていた幸羽が、思い出したようにつぶやく。
「あの子は朝ごはん食べないのかしら?」 良太が聞きつける。
「あの子?」
「そう、あの男の子。太郎ちゃん」 そう言った幸羽を皆が驚いたように見る。
「えっ、なんですか?」 注目されて戸惑う。
「幸羽、おまえ、あいつに会ったのか?」 朗が真面目な顔で聞くのにうなずく。
「ええ、今朝は見かけただけですけど」
「今朝はってことは、昨日も会ったんだね。太郎に」 歩まで確認する。
「あの、会っちゃいけなかったですか? 何か不都合があるとか…」
幸羽が不安気に周りを見回す。
「ああいや、珍しいこともあるものだと思っただけだ」 朗がチラッと蒼聖を見た。
「そうだね。あの子は人見知りが激しくて、知らない人の前には姿を見せないんだよ。 だから君が会ったことに驚いてしまっただけで、別に問題はないよ」
蒼聖が微笑んで見せたので幸羽は安堵した。
「そうなんですか。そんな風には見えなかったけど…… でも確かにお話はしてくれなかったわね」
昨日のやり取りを思い出す。
「あの子は話ができないんだよ。幸羽ちゃん」
目を見開いて、自分のほうを見た幸羽に歩はうなずいてみせた。
「だから、太郎がしゃべらなくても気にしないで良いよ。それに気まぐれだから、食事も食べたり食べなかったりなんだ。ここでは自由にさせているんだ」
何か分けありなのだろうと幸羽は思いそれ以上は聞かないことにしたのだった。
幸羽が後片付けのために部屋を出て行くと、残された男たちは居間に集まって相談を始めた。
「蒼さん、あっちのほうの話はどうするつもりだ?」
「昨日の今日だからね、少し落ち着いてからと思っているよ。また、倒れられてもこまるし」
「だけど、もう太郎に会ったって…、あの娘、普通の人間なんだよね。蒼さん?」
「ああ、太郎と気が合うのかもしれないな。まあ、しばらく様子を見ることにしよう。 私も今回のことについて情報を集めてみる。ほかに被害がないか心配だからね」
「では、今しばらくレディには内緒ということですね。」
「わかった。オレも余計なこと言わないようにする」
男たちはうなづきあった。
皆がそれぞれ出かけていき、居間には試験前でバイトも休みの良太と、歩が残っていた。 そこに幸羽がやってきた。そして縁側もどきのウッドデッキで日向ぼっこしている猫に目を細めた。
「歩さん、あの猫の名前はなんて言うのかしら?」
「へっ、猫?」
「そう、そこにいるでしょう? 私猫大好きなの」 そう言うと幸羽は猫の側に座り込み、嬉々として撫でる。
白い猫はゴロゴロとのどを鳴らした。 良太と歩は顔を見合わせた。
人間嫌いのこの猫はめったに人の前には現れない。 二人とも今までそこに猫が居たことすら気づいていなかった。 ましてや撫でられてのどを鳴らすなどありえない光景だった。
「いいお天気でよかったわね」 幸羽はそんな二人に気づかず猫に話しかけている。
「ああ、ええっと、その猫はねタマって言うんだよ。太郎のペットなんだ」
「あら、そうなんですか。あなたタマちゃんなの」 幸羽はうれしそうにしている。
「すげーな。 オレなんか触らせてももらえないのに 。最近やっと、威嚇されなくなったばっかりだよ」 良太が目を丸くする。
「こんなに人懐っこい子なのに? 良太君いたずらでもしたんじゃないの?」
「そんなわけないよ、太郎じゃあるまいし」 良太が口を尖らせる。
「あら、太郎ちゃんはいたずらっ子なのね」 幸羽がおかしそうに笑う。
「それよりタマちゃん、あなたご飯もらった? あなたのご主人はご飯食べなかったみたいだけど」
「ニャーン」 返事をするように猫が鳴く。
そんな風に会話する二人?を歩達はなんとも言えない表情で見つめた。
その日の夜更け、寝酒をかねて居間に集まった男たちは、また密談していた。
「はあ、タマまで手懐けたって? オイ、蒼さん?」 朗が訝しげに視線を向ける。
「私に聞かれても、タマの気持ちだからね。 動物に好かれるタイプなんじゃないかい」
「ああ、そういえば猫が大好きだって言ってたよ」
それまで何か考え込んでいるように黙っていた良太が口をひらく。
「蒼さん、あの人大丈夫かな。無理しているんじゃないか? だって、わけの解からない所に来たばっかりなのに、もう普通に富貴恵さんの手伝いなんかしてる」
「まあ、言われてみればアイツ少しヘンかもな。 でも仕方ねえだろう。ひっくり返ったのは、つい昨日の事だしな」
「まだショックが残っているんじゃないの。 ほら、大怪我した時すぐには痛みを感じないこともあるっていうし」 歩の言葉に皆がうなずく。
「それなら、いっそのこと今のうちに全部ぶっちゃけるのは、どうだ?」
蒼聖は少し考えるように目を閉じる。
「そうだね。もう少し様子を見るつもりだったけれど…。ここに居るなら遅かれ早かれ、話さなくちゃいけない事だ。 明日にでも私から説明するよ」 そう告げたのだった。
今日で7日間続けることができました。
駄文を読んでくださった方に感謝します。




